モントリオールの演劇が身近な存在となればなるほど、各劇場の持ち味が浮かび上がってくる。華やかな舞台装飾で社交界の雰囲気を醸し出すレパートリー劇場Theatre du Nouveau Monde (TNM)、質を保ちつつ程よい冒険をプログラム編成に含むTheatre de Quat'Sous、 現代劇を中心とする英語系の殿堂Centaur Theatre、ケベックの作家作品を採り上げるTheatre d'Aujourd'hui。古典を個性ある演出家選びで魅せる古劇場Theatre du Rideau Vert、特に年齢層が高めの大衆に支持を受ける現代劇Espace Go。また、Theatre Prospero (Groupe de la Veille)は、現代レパートリー劇を小劇場らしい独自の視点で探求し続けている。市街東部に位置し、地元仏系大衆層の信頼を担うTheatre la Licorne、さらに東部でプロセス重視の実験演劇を模索するEspace Libre。同じく東部に歴史ある建物をかまえているTheatre Denise-Pelletierは、伝統的な演劇創作を通して青少年教育に力を入れている。そして、洗練された施設をもつ子供専門劇場La Maison Theatreも忘れてはいけない。

 その他、演劇に限らずダンスや音楽系の公演にも開けたUsine Cは、さまざまなタイプの観客層の交差点だ。同様に多分野のアーティストが集まるTheatre La ChapelleMAIといった小スペースでは、自由で生きのいい作品にお目にかかることができる。

 このように通観してみると、公的助成の投入が影響しているのか、それぞれの劇場が役割分担をするかのごとく、独自の個性をはっきりと打ち出していることがわかる。自分の趣向に添ったお気に入りの劇場を見い出して会員になったり、年間の綴り券を入手するのもいいし、カラーの違う劇場を渡り歩くのもおもしろい。今後も、新しい制作方法の発見や作家との出会いなどを期待しつつ、劇場に足を運び続けたい。
Tue.4.8 - Sat.5.3.2003 8:00pm

ここは、とある廃車場。二組に分かれた少年少女グループがにらみ合っている。消防車を巡っての「闘争」だ。それを傍観している夜警とトビーの母。そこにファーレイが加わることで事態はますます緊迫する。なにしろ、彼は非情な手口もいとわない、正真正銘の「戦争マシーン」なのだ。けん制、策略合戦…激しいやりとりの後、ボイルは自分が「戦士」などではないことに気づく―。この作品に、観客はテレビの画面で見たような光景を見つけるのかも知れない。この廃車場には石油が隠されてはいないか?

<演目>La Nature meme du continent<劇場>Theatre d'Aujourd'hui (3900 St-Denis x Roy, metro Sherbrooke)<劇団>Theatre Urbi et Orbi<脚本>JEAN-FRANCOIS CARON<演出>ANTOINE LAPRISE<料金>$25(学生$20)<写真>FANNY BRITT

Tue.3.25 - Thr.4.24.2003 8:00pm

「アイルランドのチェーコフ」という異名をもつBRIAN FRIELの作品を、アイルランド国立劇場芸術監督であるBEN BARNESが演出し、仏系の役者たちが演技する。1936年、北アイルランドの片田舎。農場経営をしつつ細々と暮らす5人姉妹の物語。一番年下のクリスにはミシェルという息子がいるが、父親であるゲーリーは一向に責任を負う様子がない。単調な日々の中、突然、長男ジャックが巡教先のアフリカから解雇されて戻ってくる。季節は夏、Lughnasa祭(収穫の神Lughをあがめるケルト人の祭)はもうすぐだ。

<演目>Danser a Lughnasa<劇場>Theatre du Nouveau Monde (84 St-Catherine West x St-Urbain, metro Place des Arts)<演出>BEN BARNES<原作>BRIAN FRIEL<翻訳>PAUL LEFEBVRE<料金>$18-$39<写真>YVES RENAUD

Fri.4.25 - Sat.4.26.2003 8:00pm

PATRICE DESBIENSはオンタリオの仏語系詩人。数々の詩集の出版の他、詩の朗読や打楽器奏を兼ねたリサイタルなどもしている。厳しく単調な日常から逃れるようにたどり着く、懐古の念と想像の世界こそがDESBIENSのユニバースだ。上演される2作のうち、一作めは、誰にとっても普遍的な存在である「母」に焦点を当てる。憂愁、甘美さ、苦痛、孤独、そして反逆を象徴するDESBIENSにとっての母。2作目は「小説を書く」ことにについての自問がテーマ。彼は虚構の世界を書くには、日常の存在というものがあまりに近すぎると考えている。

<演目>Du pepin a la fissure<劇場>Theatre la Chapelle (3700 St-Dominique x Prince Arthur, metro Sherbrooke)<劇団>Theatre du Nouvel Ontario<脚本>PATRICE DESBIENS<演出>ANDRE PERRIER<料金>$20-$17

Mon.3.17 - Sun.4.6.2003 8:00pm

英語劇。シェークスピア作「ヴェニスの商人」でお馴染みの、ユダヤ人高利貸しシャイロック。その親友テュバルの視点で、彼の知られざる人物像を暴く。同時にこの作品は、エリザベス王朝期の16世紀からナチの時代を経て現代まで、歴史を通じて描かれてきたユダヤ人像の変遷を探るものでもある。ウェールズのシェイクスピア俳優であるARMSTRONGによる一人芝居。脚本も彼によるものだ。ユダヤ系文化にゆかりのある当劇場ならではの作品。

<演目>Shylock<劇場>Saidye Bronfman center for the arts (5170 Cote-St-Catherine, metro Cote St-Catherine)<劇団>Leanor and Alvin Segal Theatre<脚本>GARETH ARMSTRONG<演出>FRANK BARRIE<料金>$16-$38
<観劇後感>

観 劇 日:3.3.2003
作   品:Ze Bouddha's Showche
場   所:Theatre de Quat'Sous
脚   本:ETIENNE THANA
演   出:PASCAL CONTAMINE

 思いもかけずあの世の入り口までやってきた、とある北米人。勝手のわからない世界をさまよっているうちに、金粉まみれの派手なブッダに出会い、「ズ・ブッダショー」に出演することになる。そこで、数々の質問に答えながら、あの世に入る「資格」があるかじっくりと検査される。暴力的であること、物質主義であることなどを指摘されながらも、どこにでもいそうなこの男は、自分がそれなりのポリシーをもっていることに気づく。

 設定や装飾のアイディアがとにかく奇抜。巨大な魚眼レンズが舞台奥の壁にぶら下がっており、最後にはそれが開き、まるで時の扉であるかのように男を飲み込んだ。コンピュータ音声でしゃべる掃除機にしろ、フューチャーリストの構想が次々と飛び出し、それを見ているだけでウィンドウショッピングの世界にいるよう。それは蛍光色で彩られ、ジェリービーンズでもこぼれ落ちてきそうな、現実感のないうたかたの世界だ。いかにも漫画的な世界をここまで忠実に「実」世界に投影できるとは、強烈なエネルギーをもった演出家だ。漫画については、読者の想像力を育むことのない安易な表現法と見る芸術家と、奇想天外な発想に富んだ自由な世界と見る芸術家の二人に、このモントリオールで出会った。この作品の創作者は後者同様で、漫画の世界を想像のバネとし、さらに遠い未来へと意識を浮遊させているかのようだ。

 ところで、登場人物も主人公以外はすべて空想上の人物像。例えば、中盤、死に足をつっこんでしまった男が棺おけの中で目を覚ますシーンがある。男が自分でふたを開けて出てくると、警官がやって来て注意する。「ピッピッピッ、ここ駐棺禁止〜」と言いながら。あの世の入り口で、棺おけの交通整理に忙しそうな警官が印象的だった。

 結局、すべてが作り物のようなこの世界のたった一つの真実は、「死」である。まるで、死だけが人生の現実だとでもいわんばかりに。いや、結局、その死さえも非現実の中に放り込んで料理している。いつ訪れるかわからないものについて考えを巡らす余裕など筆者の人生にはないが、こうして多くの演劇作品を見続けていると、生まれてしまったからにはやはり考えざるを得ないのが「死」というものなのかと思わされる。結局、輪廻転生の発想からか、男はこの世に戻ってきた。

表紙写真:Danser a Lughnasaより
写真:YVES RENAUD

取材・文:広戸優子
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