状況劇場、つかこうへい、蜷川幸雄、夢の遊眠社、東京キッドブラザース…10年以上前になるが、日本でいくつかの劇団の作品を観てきた。ヨーロッパではサミュエル・ベケット原作の作品に感化された。特別ひとつの劇団に入れ込むこともなく、ただとりわけアングラもののもつエネルギーに魅かれたものだ。

さて、ここケベック州では演劇が盛んだとよく言われる。外国のプロデューサーたちも作品発掘に訪れるそうだ。演劇界、とりわけケベック州の演劇シーンにおいてまだまだ観劇経験の少ない私だけれど、そんな私なりに演劇のもつ3P - politic, philosophy, poesy - に注目しつつ、アプローチしていきたいと思う。

まず、シーズンオフを前にした5月、第4回 "Theatres du Monde" を中心に紹介したい。この国際演劇ミニフェスティバルは、国際現代演劇祭 "Festival de Theatre des Ameriques" のない偶数年に見られる。5作品それぞれの押さえどころが異なっていて見逃せない。続いてケベック・シティにて、"Carrefour international de theatre de Quebec" が5月8日から18日まで開催される。第6回を数えるこのフェスティバル、組織立った創作体制の中で生まれるアバンギャルドなドイツ系演劇に焦点を当てている。"Theatres du Monde" と重複した演目の他、国際的に注目されているケベック出身のROBERT LEPAGEがドイツで創作第一段階を経た作品 "Die Dreigrochenoper" や、後述のFRANK CASTORF等が芸術監督を務めるドイツの演劇インスティチュート発の作品が堪能できる。
■The Notebook Wed.5.8 - Thr.5.9.2002 8:00pm, The Proof Fri.5.10.2002 8:00pm

2作連続上演日The Notebook Sat.5.11.2002 6:00pm / The Proof 9:00pm(2作の間に90分の休憩あり。劇場建物内での食事可)

アゴタ・クリストフの双子3部作「悪童日記」「ふたりの秘密」「第3の嘘」のうち2作を舞台化。日本でも翻訳本がちょっとしたブームになったことを憶えている人もいるだろう。戦争中の爆撃、剥奪、虐殺の真っ只中で生きる双子 Klaus とLucas。不条理で陰惨な状況の中、その精神的痛みに耐えるために二人は「無感覚になる訓練」を余儀なくされる。ハンガリー動乱時にスイスへ亡命した30年後、この作品群を亡命国の言語である仏語で綴ったアゴタ・クリストフ。感情表現を一切排除した表現方法がショッキングだった。フラマン系ベルギー出身のカンパニーDe Ondernemingは4人の俳優集団。演出家も芸術監督も存在しない。彼らがこの作品をどう視覚的に仕上げるのか注目。英語劇、仏語字幕付。

<演目>The Notebook(Le Grand Cahier)/ The Proof(La Preuve)<劇場>Usine C(1345 Lalonde x Visitation, Metro Beaudry, Tel.514-521-4493)<原作>AGOTA KRISTOF<劇団>De Onderneming(ベルギー)<料金>$30, 学生・シニア$25<写真>上−RAYMOND MALLENTJER、下−REINHILDE TERREYN

■Thr.5.9 - Sat.5.11.2002 8:00pm

映像創作家、造詣芸術家…。演劇監督と呼ぶよりは、こう呼んだ方がイメージしやすいROMEO CASTELLUCCI。筋書きなし、科白なしのこの作品、音と色で形づくられていく。聴覚と視覚を駆使しつつ作品を追う感覚はどんなものだろう。実際、作品情報の中に役者名は見当たらない。あるのは音楽、声とリズム、ダンスと動作そして舞台装置担当の名前のみ。そんなつかみどころのない当作品には壮大なテーマがある。「創世記」だ。黒、白、赤と色分けされた3幕はそれぞれが「はじめに」「アウシュビッツ」「カインとアベル」と名づけられている。ある創造とその最後をほうふつとさせる3幕だ。20年以上前から存在する当劇団、プラトン思想や非西洋神話の人物などに感化された作品を中心に発表してきた。

<演目>Genesi, from the museum of sleep<劇場>Theatre Denis-Pelletier(4353 St-Catherine E., Metro Papineau or Viau; bus 34)<演出>ROMEO CASTELLUCCI<劇団>Societas Raffaello Sanzio(イタリア)<料金>$32, 学生・シニア$27<写真>GABRIELE PELLEGRINI

■Mon.5.13 - Tue.5.14.2002 8:00pm

「欲望という名の電車」は日本でも杉村春子のロングランを始め再度上演されてきた人気作品。"Endstation Amerika" では、テネシー・ウィリアムズ原作の舞台をニューオーリンズからベルリンへと移した。東ベルリンに生まれた演出家FRANK CASTORFは、創作を始めて以来常々当局に目をつけられている反体制家だった。壁崩壊後、1914年当時ユダヤ人街に設立された劇場Volksbuhne(人民の舞台)の監督就任を要請される。イデオロギー崩壊を誘導する「論争」を生み出す政治的演出家FRANK CASTORFは、サルトル、ドストエフスキーの作品をもとにした創作をしてきた。そして今回、ある時代のアメリカ劇にメスを入れる。サブテーマは「資本主義とうつ病」。独語劇、英仏語字幕付。

<演目>Endstation Amerika<劇場>Monument-National, salle Ludger-Duvernay (1182 St-Laurent x Rene-Levesque, Metro Place d'Arms / Place des Arts)<演出>FRANK CASTORF<原作>TENNESSEE WILLIAMS<劇団>Volksbuhne am Rosa-Luxemburg-Platz(ドイツ)<料金>$32, 学生・シニア$27<写真>THOMAS AURIN

■Thr.5.16 - Sat.5.18.2002 8:00pm

哲学、政治、詩といった重みを横目にカナダはやはりユーモアで対抗。演出家でもあるDANIEL MACLVORによる独り芝居だ。「実存主義の袋小路」にはまった15の人物を演じ分ける。…通りで一番みごとな芝生を持つ定年後のやもめ、大ファンの歌手に会うために仏語を必死で勉強しているおかま、施設に入るために家を去る日をひかえている軟弱なマダム。ある日曜日の夕べ、彼らは逃げ場のないどん詰まりへと入り込んでいく…。作り物のようでいて身近な生活にありそうな、もろい人生の数々。1986年に設立された二人のDANIELによるタンデム劇団、ここ十年来 "Festival de Theatre des Ameriques" を始めモントリオール演劇界の常連。英語劇。

<演目>Cul-de-Sac<劇場>Usine C (1345 Lalonde x Visitation, Metro Beaudry, Tel.521-4493) <演出>DANIEL BROOKS, DANIEL MACLVOR <劇団>Da Da Kamera(トロント)<料金>$26, 学生・シニア$20 <写真>GUNTAR KRAVIS

■Mon.5.6 - Sat.6.8.2002 8:00pm

Ernesto:"死者には、おまえはもう死んでいるのだよと耳打ちしてやらなければならない。彼に死が訪れたということを悟らせるためにはね"―幼少時、Ernestoがアンデスの山谷を越えて父に連れていかれたのは、ペルーのとあるインディアン村だった。寄宿学校に一人おいて行かれ、見知らぬ文化圏に戸惑う。消滅しつつあるインディアン社会における夢と闘争の真っ只中で成長していくErnestoは、いつしか自分自身にインディアン神話の刻印を見出す。―JOSE MARIA ARGUEDAS(1911-1964)の自伝小説が原作。社会人類学を学ぶ学生時代には、コミュニストの一員として投獄されたこともある。小説数作の他、複数の民族学に関する著作あり。視感覚に長けた、コンテンポラリーダンスの振付家JOSE NAVASが始めての演劇舞台演出に取り組む話題作。仏語劇。

<演目>Les Fleuves profonds<劇場>Theatre de Quat'Sous(100, ave. des Pins E., x Bullion, Metro Sherbrooke, Tel.514-845-7277)<演出>JOSE NAVAS<原作>JOSE MARIA ARGUEDAS <料金>$25, 学生・シニア$18
<観劇後感>

観 劇 日:Sat.4.20.2002
劇   団:Alis
演   目:…ou 2
劇   場:Usine C

 幻想的なオープニングのインパクトでもって、ものの数秒でこの作品の世界に引き込まれた。暗闇の中、浮かび上がるアルファベット群。奥行きもなく、重量もなく、ただ存在する文字たち。ステージ全体にライトがあたると、黒装束の二人がステージにいるのに気づく。アルファベットたちのいた場所に視線を移すと、そこにはマス目状態に並べられた小さな白い紙袋があるだけ。その袋を二人が踏みつけ、そのたびにパンッとはじけさせる。同時にそれまでどこかを浮遊していたかのように、現実に引き戻される感をおぼえる。

 事前に具体的情報を得ることなく、フランスのあるカンパニーによる「演劇」作品だという認識だけで劇場に足を運んだ。劇場内の席につきプログラムを開いて見たが、そこからもなんら作品の様相を想像させる情報は得られない。役者の名前も見当たらない。そのかわり、"manipulation" という欄があり、「おや?」と思った。ふたを開けてみると、演劇でもダンスでもアクロバットでもマイムでもDJでもなかった。要は二人の黒子風 "manipulator" たちが、イメージや文字のパネルをステージに持ち込んでは去るという繰り返しによって、視覚効果を操作するパフォーマンスだった。ことば遊びが中心で、たとえば "lire" の前にアルファベット "o" を置き "dire" にしたり、"un mot" を左右逆にして "tom nu" と読ませたり。"tom nu"(裸のトム)ということばが出来上がったときに、ステージ前方に置いてあった立ち姿の赤ん坊の人形が一瞬のうちに裸に変えられたのは言うまでもない。この調子で視覚を重要視しており、台詞は一切ない。時折ナレーション的録音声が入り、具体的に意味をなさないことばを残していく。テクノ風とも言えるコンピュータ音や時計、電車の音など、音声によるパフォームも駆使されていた。そして何よりライト効果の占める割合は大きい。たとえばステージ全体を見ていると突然ライトが落ち、あることばのプレートにフォーカスされる。ことばによる説明のない分、ライトが十分、ガイドとしての役割を果たしていた。思えば照明は脇役に徹することが多いけれど、使い方によっては非常に挑戦的な存在に豹変する。ステージ全体を見ていたいのに暗転して他の物を見ることを余儀なくされる。ちょっとした圧迫さえ感じた。

 シンプルそのものなのだが、奥行きがあるこの作品。構想した彼らの脳の中をのぞいてみたくなる。インテリジェンス表現はことばだけを媒体とするものではない。ただ、ことばまでも視覚効果の一環として採り入れる発想が、いかに彼らにとってことばが重要かを強調している。10歳程度の子供づれの観客がちらほらいたのはうなづける。余談だがそうした観客の中に、モントリオールの人気振付家MARIE CHOUINARDも見かけた。確かに子供・大人隔てなく見ることのできる内容だろう。公演後の観客たちの拍手はそれほど熱狂したものではなかった。洗練された美しさから情感に触れてくる部分もある一方、頭を使わせる作品でもあると思った。北米作品によくある爆笑を誘うような場面は一切ない、う〜んとうならせ、ニヤリとさせる、そんなエスプリが込められていた。

表紙写真/Theatres du Monde ホームページ表紙より

取材・文:広戸優子
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