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リトルイタリーの中心St−Laurent通りから、少し東に外れたCasgrain通りとMozart Est通りの角に、高級イタリア食材店がある。食品輸入会社のオーナーNicola Travagliniが、自分の名前を冠し1年程前に始めたショップだ。ここは、ただの「オシャレ」な食材店ではない。中に足を踏み入れた者だけが獲得できる美味しい空間が店の奥に隠されている。 看板には、高級食材を意味するAliments finsとオーナーの名前しかなく、入り口を開けると、洗練されたオリーブオイルの瓶やキノコのオイル漬けの瓶、パスタなどが美しく並ぶ。それを見ながらぐっと奥に進むと、不意に活気のあるオープンキッチンが広がる仕掛けになってる。空間の真ん中に島のように置かれた二つの大きなテーブルを、四角くぐるっと囲むように客が座る。Chi non mangia in compagnia o è un ladro o una spia=みんなと一緒に食べない奴は、泥棒かスパイだ、というイタリア人の食事への姿勢を体現している。知ってる人も知らない人もみんなが一同に会し、巻きこまれなければ損な気分になってくる。 決まったメニューはなく、その日手に入る旬の食材で作られる日替わりメニューから選ぶ。頼んでみたのはクレソンととチェリートマトのサラダ、ビーツとヤギのチーズのリゾット、そしてバジルソースのオレキエッテ(小さな耳たぶという意味のパスタ)。そして、焼きたてのピザがオーブンから出され、デリコーナーに運ばれるのが見えたので、アーティチョーク、ペスト、モッツァレラの四角いピザと、トマト、なす、モッツァレラの丸いピザも追加した。食べ切れなければ、持ち帰り用に包んでくれる。デリでは、その場で薄く切り出したオルケッテ(豚のロースト)を何層にも重ねたはち切れんばかりのサンドイッチも人気のようだ。 さて、注文したサラダだが、クレソンの芳香を引き立たせるようなシンプルな味付けで、清々しさを保ちながらも、しっかり食べた気にさせるサラダだ。ビーツとヤギのチーズのリゾットは、目にも楽しいバラ色。あーん、これこれ、これを食べにきたのよ、と言わされてしまう、チーズの味がきいた説得力のある味わい。オレキエッテは、見た目は実にシンプルで、バジルソースを一番いい形で味わえるベーシックな一品ではないかと思う。耳たぶを連想させるオレキエッテは、パスタ生地を指先で押し伸ばし、帽子をひっくり返すようにして形成することから、ひとつひとつの形が違い、指先が作るくぼみにソースが入り込む仕組みになっている。この小さなくぼみに薄緑のバジルソースが溜まり、見た目も実に愛らしい。そして、しっかり厚みのある生地のピザ、大人が楽しむ完成された味になっている。普段はごくごく薄い生地のピザが好みだが、手みやげに、ブランチに、このピザが活躍する頻度は高くなると予感している。 その他の今日のメニューはこんな感じ。 前菜:レンズ豆とパンチェッタ(塩漬けベーコン)のスープ($8)、ラディチオ(イタリアンチコリ)とほうれん草のサラダ($8) メイン:パプリカとパンチェッタとトマトのスパゲッティ(キタラというパスタを切る卓上の機械でオーダーが入ってから手作業で切る)($18)、シシリアンスタイルのパッパデッレ(最も幅の広いパスタ)($18)、Travagliniトマトソースとバジルのマルタヤーティ(上記のパッパデッレを作る過程で短く切れてしまったもの)($18)、鳥の薄切り肉のローマンスタイル($24)、オーソブッコ(子牛の骨付きすね肉)のタイヤテッラをニンニクとパセリで($32) 総評は、スタッフが着ているTシャツが言い表してくれた。「もしダイエットしているなら、人生を無駄にしている」。そう、ここで食事をするなら、ダイエットはきっぱり忘れた方がいい。塩もオイルもチーズも惜しみなく使われ、どこから見てもしっかりたっぷり、だ。サラダを食べ終わると、ボウルの底にオイルの池ができあがるが、確実にお腹も心もハッピーになる。斜め向かいに座っていた家族は、ここの料理を「イタリアのマンマが作る家庭の味だ」と形容した。イタリアに行って、レストランで食べる味ではなく、イタリアの家庭で食される味だ、そうだ。 さて、ここの魅力のひとつは、食事以外のプラスアルファだ。少し贅沢なイタリアン食材を買う。デリで焼きたてのピザやサンドイッチを買って帰る♪。イタリアンデザートやエスプレッソのコーナーで甘く癒される。そして突然のオペラ♪。以前、偶然この食事スペースをみつけた時、世話焼きのサーバーに乗せられ、空腹でもなかったがなんとなく席に座らされ、なんとなく食事をすることになった。「ちょっとした家族の出し物が、そのうち始まるから…」と耳打ちされたが、何のことだかさっぱりわからない。頼んだ物があつあつで運ばれ、ほくほくしていると、店中に響き渡る生の歌声に驚いて顔を上げた。潤んだ目で情感たっぷりに歌われるオペラ曲は真に迫る物があり、最初は少々違和感を感じたが、イタリア色で貫かれたホスピタリティは、ちょっぴり非日常な時間を演出してくれる。即興の雰囲気を大切にするためか、どこにもショーの告知はされていない。オペラ気分を味わいたければ、週末のランチ時間帯を狙って行くのをお勧めする。 レストランスペースがぐっと暖かく感じられたのは、人と集い食事を楽しむ人たちが肩が触れるほどの距離に見えることと、気分よく働くスタッフや料理人たちの雰囲気だ。その真ん中で、客と店をひとつにまとめるひとりの男性の存在感に気づいた。レストランとは反対側にあるペイストリーのコーナーにいる客にも声をかけてまわるその男性が、オーナーのNicola Travagliniだった。早速、ペイストリーのセクションに移動し、チューブ状の焼き菓子にリコッタチーズを詰めたカノーロとダブルエスプレッソを注文しながら、彼に店について聞いてみた。 「リトル・イタリーや、マルシェ・ジャン=タロンはすぐそこにあるけど、そこでは手に入らない、本場イタリアの選りすぐった商品を扱いたくて始めたんだ。ビジネスの上で最も注意を払っているのが、人と人とのコミュニケーションでね、お客さんと自分たちがお互い誰であるか知っている関係性が重要なんだ。お客さんを家族の一員として受け入れられるような家庭的な店作りを目指している」と語ってくれた。レストラン、デリ、ペイストリーで出されるものはすべて自家製にこだわるのも、その「家庭的なもの」にこだわるためだという。 せっかくなので、バイオダイナミック農法で生産された原料で作られたパスタを買ってみた。35℃で3日間程度かけてゆっくり乾燥させるから、急速乾燥させる通常のパスタのように黄色っぽくならず、真っ白い美味しいパスタができるのだという。形はいろいろあったが、針金に巻き付けたような形のストロッツァプレーティを選んだ。 直訳すると、喉を詰まらせる神父という意味だ。普段取り澄ましている神父さんが、このパスタの美味しさに狂って悶絶する、という絵が私の頭に浮かんだのだが、さて、本当にそれほど美味しいパスタだったかは、またいつかの機会に。 Nicola Travaglini(イタリア料理)(HP) 152 Mozart Est (514) 419-8969
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取材・文:稲吉京子 | ||||||||||||||||||||||||
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