ノマドのテントに招かれたようなエキゾチックな雰囲気の店内
きちんと掃除がされていて、気持ちよくくつろげる
ひとりから大勢の集まりまで対応してもらえる
その日の午前中に買い出し、料理されたものが絶えず温められている
野菜のプレート。2種類のペーストと野菜をピタに挟んで食べる。
丸い唐辛子のソース。香りも味もいいが、かなり辛い。
3種類のタジンのクスクス添え。左下がベジタリアンタジン。その右がラムのタジン。上がチキンのタジン。いずれも全く違う味なのにほっとする。
昨日の料理の残りを紹介してくれた。ナスとトマトの煮込み。ピタにくるんでもクスクスとあえてもがっちり美味しい。
 「ずいぶん思案顔だね」と左の方から声がした。エスニック食品店のチーズやオリーブを量り売りするガラスケースの前で、私はどのチーズを買うか迷っていた。声の主は、いつまでも注文しない私を見て、助け舟を出そうとする客のひとり。ここのフェタチーズはどうなのと聞いてみると、僕ならこれを買うね、と指差すのはyaourt presséという真っ白なクリームチーズのようなもの。ガラスケースの向こうのヒジャブの女性に早速注文している。料理にどう使うのか聞くと、「ズッキーニをスライスしてオーブンでグリルし、これを挟んでオリーブやハーブを散らして・・」と確実に美味しそうだ。思わず私の分もお願いした。

 この男性は料理人だという。どんな料理をつくるのか聞くと、まず君は食べたことのない地元料理だという。なぬ!出身はどこかと聞くと、アフリカのモーリタニア出身だという。なぬなぬっー!アフリカ大陸のどの辺かすら想像つかない。「高級レストランなら見向きもしない食材で美味しいものを作り出す、いわゆる地元のストリートフードだね」というから、ますますエキゾチックな匂いがする。彼のやっているレストランに日を改めて出かけてみた。因みに、家に帰ってyaourt presséを舐めてみて、Tzatzikiソースに使われるあれだとわかった。スーパーに並ぶ流行のグリークヨーグルトもここから派生している。ネット上では、pressed yogurt=greek yogurtとする情報が多いけれど、スーパーに並ぶ商品とは少し印象が違う。

 La KhaïmaはMile-endのfairmount通りにぼそっとした感じである。 サハラ砂漠を移動しながら生活するノマド(遊牧民)の料理を出す店だと、入ってガーンと伝わってくる。ノマドのテントに招き入れられたような印象の店内では、靴を脱ぎ、低い木製のテーブルを囲むようにクッションが敷き詰められた席に座る。店内、厨房の掃除が行き届いている様子に安心する。水曜の7時だというのにかなりのにぎわい。メニューはあるようでない。その日に作る料理は毎日の仕入れによって変わるので、食品店で出会った彼が本日の料理の説明をしに来る。サラダと3種類のタジン(蒸し料理)のセットが今日のメニュー($25)だったので、私たちはそれを頼むことにした。ここで、食べたいものだけ選択という交渉もできそうだ。

 Archan(アルシャン):遠くまで行くという意味の野菜のプレート。2種類の野菜のペーストとトマト、レタス、オリーブのサラダにカットされた薄いピタがついてくるから、これだけでも結構な量。黄色と緑色のペーストが出色で、例のyaourt pressé(プレストヨーグルト)、ズッキーニ、ナス、ニンニク、パプリカ、人参、レモンでできたペーストと、ブロコッリー、オリーブ、モリンガのペースト。彼のお父さんが村で栽培しているモリンガを使用し、モーリタニアでは重要な薬草だという。水と空気を浄化し、抗酸化物質が豊富なことで日本でも知られている。ピタはバスケットになくなると補充してくれるので、調子に乗って食べていると、これだけでお腹一杯になってしまう。

 3種のタジン(蒸し料理)にはクスクスがついてくる。タジン鍋(円錐形のふたのついた土鍋)でななく、3種すべてがクスクスと共に大皿に盛られてでてくるので、最後の方は各種の汁気が混ざり、味わい深くなる。

Magody(マゴディ):カブ、ひよこ豆、人参のゴロゴロ系のベジタリアンタジン。
Inchiri(インシリ):チキン、キャベツ、タマネギ、サヤエンドウのタジン。
Wadan (ワダン):ラム肉、ナス、オクラ、トマト、レッドビーンズのタジン。

 いずれも、よく煮込まれていて、なんともまろやかだ。素材ひとつひとつの味が際立つ料理とは違い、すべてが完全になじんで調和した味。肉じゃがの鍋底に残った汁をご飯にかけて食べるのが好きな人なら気に入るに違いない。知らない土地の料理なのに、ほっとする味だった。 辛いものが好きなら、ぜひKahnie(カニィー)という丸い赤唐辛子から作られるソースをリクエストするといい。石臼に入ったまま持ってきてくれたが、ほんのちょっとでかなり上級者向けな辛さ。食事を終えると、甘いものは別腹ではなくなっていた。デザートにも行き着く自信があれば、デザートクーポンや割引クーポンを発行しているサイトもあるようなので要チェック。

 私は入り口が見える席に座っていたのだが、店の反対側に入っていく人々がいる。何なのか聞いてみると、行って見ておいでと言われた。薄明かりの中、それこそノマドの昼寝のテントに紛れ込んだかのようなスペースで、スウェーデン人によるドキュメンタリー映画の試写会が行われていた。コンサートが行われたりすることもあるらしいので、ウェブサイトをチェックしていると面白いイベントに巡り会えるかもしれない。彼が9年前にレストランを始めた当初から変わらないのは、来てくれた人たちに、まるでその地に行ったかのような気分や食事を味わってもらいたいという思い。客人を何よりも大切にするモーリタニアの文化は、店内の様子や料理にも息づいている。いまだに毎日の買い付け、料理、接客すべてを自分でこなし、お手伝い程度にサーバーはいたが、絶えず人々にサービスが行き渡っているか気配りをするAtigh Ouldは、このレストランを基盤に様々な活動に忙しそうだ。

 今日はコンピューターをモーリタニアの村に送る手配をしたという。現地のノマドのひとりひとりを登録する活動のためだ。モーリタニア(Mauritania)共和国は、アフリカ北西部の大西洋に接し、モロッコの南側に位置する。国の南側をのぞき国土の3/4はサハラ砂漠に覆われ、人口の98%がノマドだった時代に比べ、現在その数は5%にまで減ったと言う。2004年からようやく始まった国勢調査も、食べていくのに精一杯な貧困層、定住をしない人々までには及ばず、出生・死亡届の義務化も徹底されていないのが現実だ。このままノマド民族の文化を風化させないためにやってることがあるんだけれど、というところで「話の続きはティーセレモニーに来てよ」とAtighは言う。La Khaïmaでは午後3時から5時までの間、西アフリカのティーセレモニーが体験できるというので、fairmount beglesを買いがてら寄ってみようと思う。

La Khaïma(ノマド料理)
142, ave. Fairmount O.
(514) 948-9993
Laurier

取材・文:稲吉京子
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