いよいよ夏本番という季節のせいか、サッカー・ワールドカップの余韻か、ラテンアメリカ的なものに食指が動く。オレンジ色に陽が傾いた浜で、海からの風を受けながら、ビーサンに水着のままだらっと斜めに座る。冷えてなくてもなぜか美味しいビールをグビッと飲み、エキゾチックなつまみをほおばる。そんなイメージで何か美味しそうなものはないかと検索していると、ププサ(Pupusa)という料理に行き着いた。エルサルバドル料理である。Baubien駅の近くにあるLa Carretaのププサは”must try”だというので、早速ヨレヨレの格好のまま出かけることにした。

 まず、エル・サルバドルについて確認。メキシコの下にグアテマラがあり、その下、中央アメリカが南アメリカ大陸に向けて細く細くなっていくあたりにあるのがエルサルバドル。隣国のホンデュラスがカリブ海側に陣取っているため、中央アメリカ5カ国のうち、唯一カリブ海と接していない。エル・サルバドルは、スペイン植民地下では開発の進んだ地域であり、工業で発展していた時代もあったが、経済没落に伴う政権争い、血なまぐさい内戦を経て、現在では、中央アメリカで三番目に経済規模の大きい国家でありながら、貧しい発展途上国として多くの社会問題を抱える。

3種類の具のソフトタコス($10):持ち上げると破れて口にほおばれなくなった。ジューシーなのですぐに口に放り込んで!夏の味。
ターキーのブリトー($5.50):包んでいるものが固く乾いているので、トマトやチーズを中に入れてほしい。
ププサを頼むとついてくるコールスローを酸っぱくホットにした付け合わせ、特性トマトソース
エンチラーダのコンボ($12):本命ププサを押さえながら、いろいろつまめてお得。おすすめのププサもフルサイズで食べられる。他のコンボも要チェック。
ププサ 単品($2.50):中に具は豆とチーズを選択。このシンプルさに集約される。これを食べにきたんだった!と再確認。
サングリア 1/2ピッチャー($13): 値段と質がかけ離れている。ジュースと思って飲むべき。次回はビールでいく!
チュロス($2.50):甘すぎる気がするが、人気商品らしい。コーヒーのお供に買って帰るのはいいかも。
全窓が開け放たれ、開放感ある。
涼しくなる時間帯がおすすめ。
 La Carretaはいろいろな意味で侮れない店である。今回だけに限り、オーダーのためのガイドラインを記事の最後に用意した。でないと、カオスに陥る可能性があるからだ。家族でやっている食堂という気が置けない雰囲気はいいが、うまく転がれば夏らしい楽しい集まりに、一歩間違うと、デートが台無しになるかもしれないわからなさが潜んでいる。エルサルバドルの出身者か、エルサルバドルに行ったことのある人か、何かの理由でエルサルバドルの熱狂的ファンでもなければ、まず、メニューの内容がよくわからない。英語メニューがないのはまだしも、スペイン語と併記されたフランス語メニューは、地元料理の名前の表記そのままで、料理の説明がない。注文を聞きにきてくれるお母さんにどんなものか、いちいちフランス語かスペイン語で聞かないといけない。お母さんは二人いて、そのうち愛想のないお母さんのフレンチはアクセントが強く、よく説明がわからないまま迷っていると、途中で切り上げていなくなってしまう。慌てて、メニューを持って奥まで追いかけていくと、柔和なお母さんの方がやってきて、追加注文と注文の訂正を受けてくれた(が、やっぱり間違ったものがでてきた)。初めて見聞きする知らない名物料理がたくさんあり、意思の疎通が難しそうなお母さんを捕まえて料理の説明をお願いするのは避けて、何となくいろんなものを頼んでみる、という作戦にでた。が、これがいけなかった。口コミでは「ププサが美味しい」というから、他の食事もいけるだろうという思い込みがあった。結論から言うと、アラカルトやスペシャルと呼ばれるものから、勘でいろいろオーダーしないこと。頼むものは、ププサに絞り込むべき。そもそも、ププサとは、トウモロコシ粉のふっくらサクサクの平たいパンの中心に、具を入れ込んで焼かれたもの。信州のの食べ物であるおやきをお好み焼きのような形状にぺったんこにした感じ。ププサを頼むとテーブルにどんと置かれるのが、特性トマトソースと、細かく刻んだキャベツの酸っぱ辛く漬けたサラダの瓶。それを焼き上がったばかりのププサの上にてんこ盛りにして切り分けて食べる。表面はかりっとし、全体には具も含めてしっとりふわっとして、ラテンアメリカの味、みんなが好きな味がする。隣り合わせた5人家族は、サルバドール出身らしい。それぞれ好きなププサだけを頼み、サラダをたんまりと乗せ食べている。皆大柄だったが、そう大きくもない1枚のププサで満足して帰っていった。因みに、ププサ1枚$2.50〜$2.75だから、一家で外食してもチップ込みで$15。信じられない感覚が広がる。

 ラテンアメリカ・ナイトなのだから、耳慣れない料理や、タコスやトルティーリャも頼みたいのはわかるが、過度な期待は禁物。また、値段と料理は必ずしも比例しない例がここにある。ププサが2ドル台だとわかり、無意識に大した食べ物ではないのかもという疑いが出た時点で、$10の3種の具が乗ったタコス3個や、$12のブリトー・スペシャルなどに気がそれてしまった。3種の具のタコスは特別感嘆する味でもなく、食べる前から水分で破れてしまい惨めな食べ方になる。これなら、いろんなププサを頼めばよかった、という気分になる。前菜にもスペシャルにもなっているブリトーに関しては、私の知っているブリトーとは全く違う、1種類だけの具がちょっぴり入った揚げ春巻き的なものがでてきた。しっとりした野菜の汁とソース、それを包む生トルティーヤが噛むごとに絡まって‥というブリトーを期待する人にはカクッとくる。

 とはいえ、ププサだけではやっぱり寂しいという気持ちは残る。そんな人には、4種類あるコンボは悪くない選択(各$12)。エンチラーダかタマル(植物の葉で包んだ蒸し/茹で物)かハードタコスかプランテン(バナナに似た果物のフライ)の4種類のコンボには、いずれもププサとユッカ(南米特産の芋)のフライつき。ププサは8種類の中から好きな具を選択できる。4つのコンボの中では、エンチラーダが一番人気というが、少しギトギトした印象。ユッカのフライはさっくりと揚がっていた。

 サングリアは、生涯飲んだサングリアの中で、一番うっすーいサングリアだったが、オーダーが入ってから、カウンターでフレッシュな果物をカットしてサングリアのなかに入れてたので、ジュースのようなアルコールが好み、酔いたくない人向けか。ププサや他の食べ物と合わせたければ、ビールの方が固いのは言うまでもない。

 他には、サラダやスープがメニューにあったが、いずれも凡庸であえて頼んでみたいものはなかった。デザートは好みというしかないが、チュロス(棒状のシナモンや砂糖をまぶしたドーナツ)は根強いファンがいるようで、持ち帰る客もちらほら。大きいので、グループでシェアして一口ずつパクついて食事の〆とするのも悪くないかもしれない。

 男性的サイコロジーを持つ人は「あれぇー、こんなはずじゃ‥」と思うものがでてきても、オーダーしたものと違う料理が出てきても、それはそれ経験として楽しめる。そういうタイプなら、無駄がでるのを承知で店のお母さんと相談していろいろ頼んでみるといい。それこそ、ププサを超える何かに巡り会えるかもしれない。そうではい読者の半数は損をするのが嫌いな生き物であろうから、このガイドラインを参考にしてほしい。

1)何を食べにきたのかを明確にすべし→ププサに決まっている
2)「スペシャル」、「シェフのオススメ」などの冠に踊らされるべからず→不要なものを食べずにすむ
3)知っている料理の名前があっても、どんなものか確認すべし→ブリトーのような経験を繰り返さないように
4)質問は周到にフランス語かスペイン語ですべし→英語で話しかけると、次からテーブルにも寄り付いてもらえなくなる
5)訂正するときは、相手がわかったと言っても、念入りにすべし→フランス語で注文しても違うものがでてくる可能性あり
6)飲みたい!のなら絶対ビールにすべし→サングリアはジュースと思え

 誤解しないでもらいたい。私はLa Carretaを買っている。下校途中の買い食いに似た原始的風景がある。隣の5人家族のように、軽くつまんで一人数ドルで収まる世界は、モントリオールでも相当珍しい類いに入る。メニューの値段が修正液で消されて書き直されているところをみると、ここもいずれ食堂価格ではなくなっていくのかもしれない。

La Carreta(エルサルバドル料理)
350 Rue Saint Zotique Est,
(514) 273-8884
Beaubien

取材・文:稲吉京子
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