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「泊まりがけで行ってみたいレストラン10」、「押さえておきたい若手フレンチオーナーシェフ」という雑誌の特集記事で、いずれ取り上げられるだろう料理人マスミさんからお誘いの声がかかった。モントリオールのフレンチの大御所といえば必ず名前が挙がる某「T」からも声がかかる日本人シェフが「行ってみたい店」とは、どんなところだろう?
マスミさんの好むフランス料理のスタイルはネオ・ビストロ。高級で格式高いフランス料理の質はそのままに、サービスを質素にし価格帯を抑えたフレンチを出す気軽な店のことを指す。パリの料理業界では最も注目されているこの新潮流に身を置いてきたマスミさんが、ちょっと見ておきたいと言ったのはHôtel Herman。St-Laurent通りのFairmount通りと交わる辺りにある。モントリオールでも、真っ白の布ナプキンに真っ白の布のテーブルクロスがかかった正式なレストランは、主流でなくなっている。果たして、モントリオールで正式なフレンチが席巻した時代があるのか疑問だが、モントリオールもネオ・ビストロの流れを汲んでか、サービスという観念が育つことがなく今まで来てしまっただけなのか、少なくとも現在はカジュアルなネオ・ビストロ様式が主流になっている印象がある。
まずは、マリネしたビーツを、ジュニパーベリーと干し草の炭の粉という組み合わせで食べさせる、口に入れるまで味を想像させない一皿だった。飾り気がないようで、実は粋を集めた(のかもしれない)前菜で面白いスタートが切れた。 セロリアックという野菜は、カナダや日本ではあまり馴染みがないが、フランスではサラダによく使われるセリ科の植物で根茎部分を食べる。カブラミツバという和名もある。残念ながら、醤油の使い方ではエキスパートな部類に入る日本人には、いろいろ文句が出そうな一皿だった。マリネするのがただの醤油だったようで、醤油道まっしぐらの味しかしない。「セロリアックは繊維質なので味が染み込みやすいはずだから、僕だったら薄いだし汁かマリネ液につければそれだけでいい味は染み込むのになぁ」とフレンチ界の新星はつぶやく。 さらに、リースリングに合わせてケベック州のSaint-Jean-sur-richelieu原産のチーズPont Blancと、飴色になるまで炒めたオニオンのペーストとヘーゼルナッツの一皿(12ドル)も頼んだ。人とおしゃべりしながりつつき合うにしても当然いいメニューだか、メインを頼まずにカウンターでワインを飲みながらひとりの夕食を楽しむ水曜の夜、という使い方には大変優秀な一皿だと思う。ケベックらしいあまりクセのないクリーミーなチーズに、キャラメル化した玉ねぎのペーストというダブルリッチな盛り合わせは、場を持たし時間をも持たす。この一皿にはグラスワインやシャンパンは外せない。各9ドル〜。 メインは3種類だけだが、前菜との組み合わせを考えるとこの3種類で十分魅力的だ。 カニとしいたけ、豆乳(16ドル) リードボー(仔牛の胸腺)とパースニップ マスタード(21ドル) ウズラとライ麦、トロンペット・ド・ラ・モール(22ドル) 普段なら当然ライ麦を詰めたウズラに、死者のトランペットと呼ばれる黒っぽいキノコという材料を見ればこれに飛びつくのだが、今日はちょっと違った。噛み応えのある穀類を詰めたウズラは、美味しいに決まっている。モントリオールで注目されているというここのシェフが、まっとうなフランス料理の底力を持っている上でネオ・ビストロなのか、試してみたい意地悪な気持ちがムクムク湧いてきた。リードボーを頼んでその実力を確認させてもらうことにした。基礎力あっての、実力あってのこの評判なのだと納得。リードボーは完璧な状態に限りなく近く、付け合わせのパースニップでの遊び方でメインの華やかさを演出している。パースニップのクリーム、パースニップのニョッキ、パースニッップの薄切りに、パースニップのチップスが重鎮リードボーを甘く取り巻いている。「パースニップはそれだけで存在感があるから、僕ならパースニップだけの別の皿を作るかなぁ」と未来の巨匠はつぶやく。 デザートは以下の3種類から。 ハチミツのタルト サワークリームとスポンジ(10ドル) ヤギのミルクのアイスクリーム(10ドル) フィナンシェ アーモンド、ニワトコの実(10ドル) 店がどのくらいデザートに力を入れているのか興味が湧いた。ハチミツのタルトを頼んでその辺を見せてもらうことにした。悪くはないが、食べなくても惜しくはない。ケベックという土地柄か、予想通り甘すぎるので、美味しさを感じる余裕がないという印象。ただ、フィナンシェとアーモンドクリームにニワトコの実をあしらったものを一口味見するチャンスに恵まれたが、ニワトコの実を使うあたりのセンスはやっぱりぐっとくるものがあった。 1、2ヶ月に一度行くならこんな店かな、と思う。意外に厨房に活気がなかったが、カジュアルさがベースのネオ・ビストロ、しかも場所がモントリオールとなるとこのぐらいリラックスしているのかもしれない。その一方で、メニューの立て方というか、野菜にしても肉類にしても食材の使い方にまっとうなフランス料理の片鱗を感じて、私は好感を持った。モントリオールのfusion料理の店やビストロでは必ず見かける食材やメニューがほとんどなかったのがいいサインだ。まっとうな基礎の上で遊ぶ創作性には、多少期待と違っていてもがっかりはしない。気に入った一皿、一種類があればそれでオーライ!と思える店だ。「厨房のシェフたちの味見のしかたがなんか気になるなぁ」というつぶやきも聞き逃さなかったが、真意は未だによくわからない。 Hôtel Herman(ネオビストロ) 5171 Boul Saint-Laurent (514) 278-7000
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取材・文:稲吉京子 | |||||||||||||||
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