オプションでつけたホタテのモミの木の炭まぶし。トップのプラムのソースといい、香りといい、コース前半は和要素がいっぱい。
7皿で構成される基本コースの最初の皿。WAGYUの名の通り、和牛のたたきと生クリームの煮詰めが対峙し、そして合わさる。
今をときめくシェフMousseu氏の創造性や遊び心がよく出ている一品。イカとマッシュルームの薄造りを黒出汁ぶっかけでいただく。
お雛様の季節に向けて、という勝手なイメージを受ける。ホッキョクイワナを4種類のポッテリソースとビーツの大地くさいソースで。ライ麦のガレット添え。
レタスとトリュフで隠れている低温調理された鶏肉がそれはそれはとろける。緑のぽっちが無意識にJean-Paul Mousseau的で。
森の中で朽ちて還元されるイメージが離れない。カモとフォアグラとニンジンの組み合わせ。根菜とgras(脂肪分)のマッチングには誰もが頷く。
最初のデザート。勝手にMousseu氏らしいと納得したエシャロットのアイスクリームと地味にアピールするシフォン。
2番目のデザート、ブラマンジェ。これは守りというかもう寝んねの時間と言われているような気がするというか。なくても良いかも。
 以前このページでも取り上げたことのあるモントリオール現代美術館併設のレストランLe Contemprainが、去年の5月に閉店した。オーナーシェフのAntonin Mousseau-Rivardが「美術館のレストラン」という枠に入りきれなくなったからだ。そのアーティスティックな感性、料理人としてのセンスは、クリエイティブな料理に徹底する道を選んだようだ。すでに多くの食通の注目を集め、オープンでまっすぐな彼の人柄がさらに人脈を広げ、今やモントリオールで最も注目されるシェフの一人となった。

 フレンチの料理人の友人に頼んで、やっとの事でLe Moussoの予約を取ってもらった。去年の後半に立ち上げたLe Moussoは、水曜から土曜の各夜34席しか予約を取らない。何度も電話をかける辛抱強さが必要だ。かといって、もったいぶったレストランではなく、オーナーシェフのMousseau氏は誰の挨拶にも気軽に応じてくれる。サーバーはTシャツ姿で、地下のキッチンも客に大きく開かれている。

 ここでいただけるのは、7種類の皿で構成されたコースのみ。$65。このコースに合わせて勧めてくるのが、数種類のナチュラルワインが試せるコース$50。一皿ごとに違うワインが楽しめる。スペインのカヴァから始まり、ポルトガル、スペイン、イタリア、フランスなどのワインが最後のデザートが出るまでグラスに注がれる。もちろんグラスワイン、ボトルでも頼める。

客からは厨房が見える。手が離せない状態でなければ、Mousseu氏と話もできる。
ミニマルな店内。ナチュラルな布や紙の使い方が日本人好み。このカジュアルさがいい。
 基本は7皿だが、オプションで付ける付けないが選べる品がある。私は最初に出るホタテ(モミの木の炭とプラムソース)を付けることにした(+6ドル)。そのホタテ、新鮮なホタテのさっと炙ったものなどを食べ慣れている日本人だからか、ホタテ自体にはあまり感動はなかったが、まぶされたパウダー状のモミの木の炭の芳香が新鮮だった。ホタテの歯ざわりや味とぴったりくる。ちょこんと乗ったプラムソースが炭の焦げ味を別の域へと昇華している。幸先の良い感じがする。

 次に出てきたのはWAGYUと銘打たれた皿。基本のコースではこれが最初の皿になる。表面だけ火を通した和牛のたたきにキャビアが乗っている。ストレートに勝負してくるWAGYUと相反する立ち位置で、広がりのある風味のクリームの煮詰めが同じお皿に用意されている。CALMAR(イカ)という皿がWAGYUに続く。これが面白い。ペラっとした白い四角い布がすり鉢状のお皿に盛られている。そこに鉄びんを持ってきたサーバーが「出汁」を注いでくれる。イカのすり身(と卵白が混ざっていると予想)でできたこの白いペラの下にマッシュルームの超薄造りが小山を作っている。出汁は黒く、干したキノコ系の匂いが強い。各部分をそれぞれ味わってもいいが、白いペラ+マッシュルームの薄造り+キノコ出汁3点が合わさると味に立体感が出る。続くはOMBLE。英語ではアークティックチャーと呼ばれるケベック州の北部でも採れるホッキョクイワナ。この皿にも鉄びんから色鮮やかなビーツの汁ソースが注がれる。ホッキョクイワナの横に4種類のジェリービーンのようなジュレが寄り添う。魚は緩く火が入れられ、柔らかくとろける。それぞれのジュレと組み合わせて別世界を味わった後、全部を混ぜて至福の一口で締めるという手もある。さらに、ライ麦のガレットがついてくるので、その上であらゆる組み合わせの可能性を試したい。

 さらにピークは続く。次の皿はVOLAILLE。オプションでトリュフを乗せるかどうか選べる。$10/2gとある。電子計りをテーブルに持参しているサーバーの説明がよく聞き取れず、頼んでしまうことになった。刻んだレタスの下に隠れていたVOLAILLEとは、いわゆる鶏肉だが、鶏肉とは思えないほど柔らかくジューシーに仕上げてある。同行した友人いわく、フランスではどこのフレンチレストランやビストロでも使っている低温調理法が、こういうテクスチャーを可能にするという。一度真空処理するなど火を通す前の手順は色々選択肢があるらしいが、その後の60度そこそこの温度で長く調理する方法は、肉の殺菌をしつつ柔らかく肉を仕上げる目的でよく使われる。コース料理を出す店でレタスの刻みが出たのには少し驚いたが、ほろほろと柔らかく口の中で溶ける鶏肉と結局は良く合っていた。レタスとトリュフに隠れた鶏肉の向かいに一点ぽてっと置かれた色鮮やかな緑のソースは、目を喜ばすピンナップのピンのような役目を果たした。きっちり2g測ってすりおろしていくれたトリュフは、サーブしてくれた青年同様、あってもなくてもいいような印象がしたのは、ワインが回ってきたせいかもしれない。

 そしてCAROTTEの皿が出た。カモとフォアグラとニンジンのクリームがニンジンのグラッセに絡めてある。人の近づかない森の中で、蔦や草花に覆われて土に還ろうとしている濡れそぼった潅木の絵が頭に浮かぶ。味はというと、メイン料理の終わりを優しく告げる甘いママンの味とでも言おうか。そしてデザート1。そう、デザートは2つ出る。エシャロットのアイスクリームとシフォンケーキを組み合わせたのが最初のデザート。小さい種類の玉ねぎを使ったアイスクリームは特に楽しく心躍らされる。少し酸味を出したシフォンのしっとり感も良い。このデザート1が良かったので、デザート2は何となく私の中で軽視されてしまう。ブラマンジェと言う名で呼ばれているが、メレンゲがたっぷり入った馴染みのある味だったせいかもしれない。個人の好みでいうと、デザートの段で出される北イタリアの微発泡ワインが良かった。野性味をうっすら残しながら女性になっていく少女の一時の華やかさがあり、デザートとよく寄り添っていた。

 Le Moussoはもはや、食事をしに行く場所ではないのかもしれない。食べる食事ではなく、体験する食事。驚き、緩み、イメージし、批評し、触発されるエンターテイメントの場なのかもしれない。こちらの感性をも試してくるこのアート体験に3時間、こんな冬のアクティビティもモントリオールならでは。

Le MoussoNew American料理)
1023 Rue Ontario E
(438) 384-7410
Sherbrooke

取材・文:稲吉京子
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