店内:外がどんな天候だったか忘れてしまえる、浮かんだような空間。12時代になると、ほぼ満席になる。
前菜のポワロ:リンゴ酢で炊いたポロ葱に、ヤギのチーズがころころするさっぱりめの前菜。見た目も楽しく美味しい。
前菜のナスグラタン:2年ものチェダーチーズの下にはナスの層。パンとワインと合わせたら、これだけでランチになるかも。
メインの魚:スズキの一種らしい淡水魚のポワレをピンクレモンとバジルのソースで。まっとうな安心感のある味。実力の高さを感じる。
店の外から:採光、照明、空間すべてが間接的で柔らかい。圧迫感がなく、ひとりで入りやすい。
 Sherbrooke通りにあるMusee des beaux-artsは使える!

 特別展以外の展示室への入場が無料であることは、意外に知れていない。常設展や、季節ごとに変わる展示はなかなか面白く、お金を払って観た特別展より好きだったなんてこともある。マウントロイヤルの散歩からの帰りに、少し座って静かに休んだり、人との待ち合わせ場所に指定して、待ても待たせても大丈夫、というような使い方もできる。

 アクセスフリーなのは、館内の中二階にあるフレンチビストロCafé des beaux-artsも同様。美術館入り口で、コートやバッグをクロークに預けたり、チケットを買う列に並んだりせずに、ガラス張りのビストロの方向にさっと入れてくれる。モントリオールの雪の季節について回る、手荷物やコートの置き場所を確保したり、手袋や帽子をうっかり落とせない汚い床に注意を払ったり、といった一連の煩雑さから解放される。アート鑑賞に来たついでにレストランに寄るのではなく、ふらっとこのレストランに来て一時を過ごすという、独り使い、日常使いができるのが魅力だ。ここでは、身軽にゆったりスマートに食事ができる。

メインの子羊:ジャガイモのテリーヌとフォアグラソースで。外食なら肉、という人向け。やわらかく、レアな焼き加減、味付けはしっかり。
 メニューは、前菜とメインのアラカルトと、プリフィクスコースがある。本日のスープは$6.50から、前菜は$11.50から$17.50まであり、しっかりフランス料理を食べたい人ならば、メイン(すべて$24前後)から頼めばいい。冒険したくない人には、値段設定が手頃なコースをお勧めしたい。前菜から1品、メインから1品を選び、食後にコーヒーもしくはお茶がついてくるプリフィクスは、選ぶメインによって値段が変わる。例えば、一番リーズナブルなのは、野生マッシュルームのラビオリ、甘いスパイスのクリームソースがけ($26)。前菜は、2年熟成チェダーチーズのナスのグラタンか、ポワロー(ポロ葱)のアップルビネガーの煮浸しにヤギのチーズがぽろぽろっとかかっているもの、もしくは今日のスープから選べる。私は スズキ系の淡水魚のポワレにピンクレモンとバジルのドレッシングがけ($29)をメインに選び、前菜はポワローにした。連れはナスのグラタンを前菜に、子羊にポテトのテリーヌ、フォアグラソース添え($31.50)をメインにした。他には、鴨の胸肉と2色のビーツ、飴化したオレンジドレッシング添え($27.50)がある。

 前菜のポワローは、味のバランスの取れた一品で、メインへの期待感を高めてくれる。おなかを引っ込ませたまま、さっと食事を済ませたければ、前菜のみでもいいかもしれない、と思わせる軽いこってり感と味のしっかり感がある。魚の料理加減は模範的で、外側はパリッとし、臭みは一切なく、魚自体にしっかり味がついている。ピンクレモンとバジルのドレッシングも、付け合せのナスにしても、ミスのない優等生的な味だ。連れが注文したもナスのグラタンは、こんがり焼けたチーズの表面からフォークを刺し入れると、じゅっとオイルが湧き出してくる。ナスと油の相性はいいだけに、ボリュームのある食事が好みなら、私が頼んだポワローではなく、こちらの選択がよさそう。メインの子羊は、濃い目の味がしっかりつき、やわらかい肉が好きな人向き。外は焼けていたが、中で赤い肉汁が滴るようなレアが苦手な人は、焼き加減の好みを伝えておくことをお勧めする。肉の下に引かれたポテトのテリーヌは、それだけで前菜になるボリュームがある。いずれも、味はしっかりの印象。ただ、見た目や付け合わせの素材などは、ごくごくありふれたもので、リスクが少ない万人向けの出来上がりになっている。当然プリフィクスのメニューは、安定して人気のある一般的なものを持ってきているので、アラカルトから頼むと、また違った印象があるのかもしれない。

さっきまでのマイナス30度の外気が嘘のよう。
 この食事を、オーソドックスなきちんとしたフレンチという形容する人がいるかもしれない。洗練された前衛的なフレンチを食べてきている人には、少々ステレオタイプのフレンチ、ちょっと古臭いフレンチと映るかもしれない。斬新な味ではなく、きちんとした味。意外性ではなく、安定性。繊細さではななく、頼りがいがある。ここで友達と落ち合って食事をし、それからどこかに繰り出すというよりは、Sherbrooke通り界隈でひとり買い物した後、仕留めた獲物にひとりにんまり祝勝を上げる場所。つまり、最終的な締めくくりをしてくれるもの、拍手喝采の中フィナーレの幕が下りるイメージ。美術品を観に来たのなら、ここでの食事は当然最後にもってくるべきで、感受性を震わせた後は、口いっぱいに広がる安定感のある味が、現実にゆっくりと引き戻してくれる。味もしっかりしていれば、量もしっかりしている。家に帰ってから食べなおした、などとジョークを言われるほど、フランス料理のポーションの少なさは有名だが、量が重要視されるこの土地柄か、ボリュームはややカナディアンスタイルである。包容力のある食事だ。遅めのランチでコースを頼むのなら、食べなおすどころか、夕食はいらないかもしれない。

 実は、ビストロの入り口を通り越した奥にはカフェテリアもある。サンドイッチなどの軽食が食べられるが、美術館のカフェスペースにしては味気ない。そういう意味では、このCafé des beaux-artsも、パリの美術館の中にあるレストランやカフェなどを想定していくと、少々気が抜ける。友達や家族と何か食べに行こうかというとき、選択肢の上位に食い込むレストランではない。斬新さやコンセプトに欠けるからだ。しかし、独りのシーンとなると話しは別で、ひとりふらっと立ち寄る場所としては優秀だと思う。Crescent通りの喧騒では、私はひとりにんまり祝杯を挙げられない。途中でどんなことが起こっても、ぼろぼろになっても、最終的にここにたどり着けば受け止めてもらえる、そんな存在はダウンタウンではホテルのロビーかCafé des beaux-artsぐらいだ。予想のつかないドキドキの毎日もいいが、たまには、きっちり予想がついてしまうエンディングで安心したい日もある。

 このビストロは、 Laurier通りのフレンチレストランLEMÉACのオーナーシェフRichard Bastienの経営だ。本を出したり、テレビに出たりと露出の多い有名なシェフのようだ。ただ、ここはビストロと名乗っているだけに、サービスにはあまり期待を抱かないで行っていただきたい。料理が載ったお皿は冷たく、サーブしてくれる女性の黒いタイツにいくつも穴が開いていたりする、がそれもご愛嬌。そんなこんなも、ここの包容力に飲み込まれてしまう。

Café des beaux-arts(フレンチビストロ)(HP)
1384 Rue Sherbrooke Ouest
(514) 843-3233
Guy-Concordia

取材・文:稲吉京子
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