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ピープル
 六月のある日、モントリオールに空手家”椎名勝利”が来た。東京は飯田橋にある日本空手協会総本部道場の指導員、七段。世界を駆け巡り、武道空手の神髄を教示するのが、彼の仕事である。胸元を少しだけのぞかせた道着を着て、ゆったりと腰かけている姿は、何とも言えない威圧感が漂い、到底、面と向かっては,対峙できない。この武道家の持つ独特の雰囲気はどこから来るのか、今回その不思議な魅力を少し探ってみたくなった。

 彼は、小学四年生から、空手を始め、高校時代には既に子供たちに教える立場となっていた。その後、卓越した空手の技術をもって、拓殖大学に推薦入学し、特待生となった。

 大学時代は最優勝学生選手にも選ばれた彼だが、入学して初めての『空手東日本団体戦』では、選手として参加することは許されず、カメラを抱えての記録係であった。高校までのライバルたちはさまざまな大学に入り、その試合に出ていた。しかし彼は天下の拓大に入ったものの試合からは外され、カメラをもって会場を走り回っている。思えば初めての屈辱感であった。その時、拓大は日大に敗れ二位となった。控室では、監督が、選手らを集め、目の前で賞状をビリビリと破り「優勝でなくては意味がない」と言い放った。記録係の口惜しさと、拓大空手部のプライドが18歳の彼を大きく成長させた。歯を食いしばり、厳しい練習に耐え抜き、五か月後の関東大会では、晴れて、レギュラーの席を勝ち取った。デビュー戦では、蹴りを連発し優勝。『蹴りの椎名』『重戦車』と呼ばれる契機となった。「自分はその当時から体躯に恵まれ過ぎていたため、組手の素早い動きをするには、人の三倍の練習をしました。」と、当時を振り返り、少しはにかみながら語ってくれた。武道家たるもの、血のにじむような努力を惜しまず、人より数倍も練習し、毎日頑張っています、などと自慢するものではない、というのが彼の本音だろう。そう言えば、ある生徒が「どうしたら先生のようなスピードのある空手ができますか?」と質問したら、「それはね、ビールをたくさん飲むことだよ。」とはぐらかされた事を思い出した。

 数々の賞をさらった彼ではあるが、試合は相手に勝つ事が目的ではなく、最終的には己に勝つためのものだ、と言う。要するに勝ち負けが最終目的ではなく、そこに至るまでの過程が大切なのだ、と。毎日の辛い練習から、逃げずに立ち向かう。そうすることで、精神の向上を促すのである。その過程に勝敗があるだけなのだ、と。

 では、空手で何を習得するのか。人格の完成や、努力の精神、そして何より、相手の気持ちを感じる心である、と彼は言う。彼のお稽古で良く使う言葉に、『察しろ』というものがある。これは、相手が、今何を考えているか、何を欲しているか、次にどのような行動に出るか、それを状況判断しつつ、自分の心で感じ取り行動する。これは空手でいう組手の極意でもある。相手の気持ちの先が読めれば、『防御』や『攻め』もこちらの意のままになるからだ。そして、空手を鍛錬することで最終的には思いやり深い人間に成長するのだ。人としてひたすら優しくなれるのだ、と言う。

 彼の日常は、年間半分以上が、海外での指導である。文化の違う国々では、『郷に入れば郷に従え』、イスラム圏では、アルコールは飲まないし、インド圏に行けば手掴みで、料理も口にする。ヨーロッパでは、挨拶の抱擁もするし、頬にキスもする。遠征先の文化を、こよなく尊重し、行動している。しかし、ひとたび空手の道着に袖を通したら、そこは、日本の道場となるのだ。普段は気さくでよく笑い、冗談も言うが、道場に行くための車に乗り込んだ時点で無口になる。こちらが言葉を発することが憚れるような気配に変わる。道場に着くと彼の目配せ、体の動きで何がしたいのか、何を欲しているのか『察して』対処しなければいけない。そして、彼は、空手を学ぶ海外の黒帯達にも、道場では、彼と同じ繊細さを要求する。心を読むということの重要性を学んでほしいと言う。そのことを少しでも彼らにわかってもらいたいと自分は海外に指導に出ているのだ、と。

 彼が、若く、猛々しい雰囲気が日常に漂っていたころ、中山正敏初代首席師範より、次の言葉が贈られた。『身に構えなく、心に構えあり』。「若い頃は、自分は荒々しかったですからね。」と笑う。百戦錬磨の人生経験から、今はその猛々しさを内に秘め、とことん優しく、おおらかになられたようだ。男の責任がその面魂に宿った、なかなか魅力的な年の重ね方をなさった方だと、その笑顔を見て感じた。できれば、彼の十年後、二十年後も、お目にかかり、その後の『武道家 椎名勝利』のお話を伺いたい、そんな気持ちになった。

 後日談となるが、ある四十代の黒帯の空手家が、私に、日本の文化、しきたりに関する本を紹介してくれと聞いてきた。氏のお稽古を経験し、日本という国をもっと深く知りたいと思ったという。また十代の生徒らは、その洗練された高度の技術と、精神性の深さに感銘し,目を輝かせながら、今後の人生の目標について、これからどのように社会と関わり、そして、社会に貢献できる人間に成長できるか、ということを真剣に話し合った、と、報告を受けた。このことからも、氏が、彼らに与えた影響の深さをあらためて感じ、モントリオールにおける空手の歴史に、一石を投じられた氏の功績に敬意を表しつつ、感謝とともに、筆をおくことにする。


文:粟津 万紀子
写真:粟津 万紀子, John Charlebois