アクセル・モーゲンタイラーさんは、「ケベックにおける最も革新的なデザイナーのひとり」として知られる照明家だ。
 スイスに生まれ育った彼は、当初は電子工学系の道に進んだが、その後、演劇や音楽という分野を経て、照明デザインという仕事を「発見」した。 「それを、自分の職業として確立するのに、10年かかった」と、彼は言う。他の仕事を手放して、「100パーセントのデザイナー」になった後は、ダンスや演劇の舞台照明やステージ・セットを中心に、建築の一部としての灯りや、アートの一形態として光を使ったインスタレーションなど、幅広いプロジェクトを手がけている。
 マカオでこの夏にオープンしたシルク・ドゥ・ソレイユの新作『Zaia』の照明デザインを担当し、モントリオールに戻ったばかりのアクセルさんに話を聞いた。

--- 照明デザインという仕事に結びつく、直接のきっかけはどんなことだったのでしょう?

 「もともと僕のバックグラウンドは、エレクトロニクスです。両親に対する反抗でした。両親はふたりともアーティスティックな人たちで、父親は画家・彫刻家で詩人、母は学校で手織りを教えていた。10代の僕はそれに反抗して、あえて数学に打ち込んだりして、“無機的で乾いた”(と両親が考えている)電子工学系の道を選んだ。でも、そのうち“洗濯機の機能を調整するような仕事がやりたいわけじゃない”と気がついて、演劇を始めたんです。最初は、役者として演技の勉強をしていたんだけど、先生のひとりが僕の経歴を知って、彼の新しい作品で照明をやらないか、と言ってきた。ちょうど、テクニカルなバックグラウンドを持っている人を探していたんですね。それが最初のきっかけです。
 色彩構成などについては、両親からの影響だけでなく、理論的なことも含めて学んでいたので、テクニカルな部分とアーティスティックな表現の交差する照明デザインには興味を持ちました。ただ、最初はまだ、それをずっとやっていこうとは思わなかった。まだ何をやるべきかを探し求めていましたね」

--- アートやデザイン全般に対する興味は、もともとあったのですね?

 「友達が建築をやっていて、限られた範囲ではあるけれど、家具のデザインなどを手伝ったりしたのが、デザインとの最初の関わりですね。3年くらいでやめてしまったけれど、その後も生活・環境・建築といった分野には興味を持ち続けていました。
 僕は、音楽にも興味があったし、実際、演劇や音楽ビジネスにも数年間たずさわっていました。サウンド・デザインやライブのミキシングもやったし、プロモーターのような仕事や、クラブのマネージャーとしてバンドをブッキングしたりもしていて、音楽の世界でやっていくのかなと考えていた時期もあります。
 そんなところへ、照明デザインという仕事を発見した。テクノロジーと詩的な表現という、僕にとってそれぞれ熱意を持てる対象が、合体したような仕事をね。
 それからの10年間で、僕は自分自身で照明デザインという仕事を築き上げていったと思う。スイスでは、照明デザイナーはまだ職業として確立されていなかったし、きちんと学べるところもなかった。舞台技術を教えるところはあったかもしれないけど、いい技術者になるのとも違うしね。照明デザインをアカデミックに学べるところは、世界でも限られていると思う」

 仕事を始めた頃は、「素敵な光ですね」とポジティブなコメントをもらった後で「ところでお仕事は?」と、“本業”について聞かれることも多かったという。「職業として認められていなかった」と、彼は穏やかに笑いながら言う。
「カナダに移ってきて感動したのは、ここではきちんと職業として認められていて、誰もデイ・ジョブについて尋ねたりしないこと。モントリオールをホームとした理由のひとつは、それが大きいですね」

--- 舞台芸術だけでなく、最近ではメトロのアンリ・ブラッサ駅や、ピエール・トゥルードー空港といった都市の一部をカンバスにしたような作品も手がけていらっしゃいますね。

 「メトロのプロジェクトに関して言うと、ケベック州政府には、建築物などの大規模な公共事業の場合、予算の1パーセントをアートに計上しなければならないという規制があるんです。それで、モントリオール・メトロのオレンジ・ラインがラヴァルまで路線を延ばすにあたっても、アート・プロジェクトのコンペが行われました。アーティスト達は一定のスペースを与えられ、アイデアをまとめて申請するわけです。
 ギャラリーに展示する作品と違って、メトロの通路では、数秒で通り過ぎる人々の目を引く必要がある。僕は、いったん通り過ぎた後で首をくいっと後ろに向けさせるという意味で、カイロプラクティック的なデザインだと思っています(笑)。
 ピエール・トゥルードー空港のほうは、モントリオールに到着して、これからイミグレーションや税関の手続きを通らなければならない人たちに、軽いマッサージといったところかな。コンピューターで光の色や動きをコントロールしていて、3〜4ヶ月ごとにプログラムを組み替えます。季節ごとに変えるということでもあるし、頻繁に空港を利用する人たちに、新鮮な印象を与えたい。ストレスを少しでも和らげる、ブレイン・マッサージになればと思っていす。」

--- メトロや空港、ホテルといった、人々が通過する場所でのデザインと、劇場型の照明デザインとでは、アプローチの仕方も違うでしょうね。

 「心の持ち方が違いますね。自分が中心になってプロジェクトを進めて行くのか、クリエイティブ・チームの一員として共にゴールを目指すのかでもまったく違ってきます。舞台芸術の場合は、コラボレーション。監督がいて、衣装や音楽をはじめ、それぞれの分野のアーティストが参加して、みんなで作り上げていくわけですから」

--- シルク・ドゥ・ソレイユの新作『Zaia』での、コラボレーションについて聞かせてください。独特の個性がはっきり打ち出されているところで、自分らしさを表現するのは、難しいことだったのではないでしょうか?

 「あくまでも、これはシルク・ドゥ・ソレイユの商品、プロジェクトなのだということを心にとめておく必要はあるし、一方、彼らが自分を選んでくれたのだから、自分からも何か彼らに与えるものがなければならない。お互いに多くを学ぶべき関係なのではないかと思います。シルク・ドゥ・ソレイユは、過去20年間にわたって急成長した企業でもある。ビジネスの分野でも、学べることがたくさんあります。そういう意味でも、今回の仕事は刺激的でした」

--- マカオという場所は、いかがでしたか?

 「15年くらい前のシンガポールみたいな感じで、いま、とても活気のある場所だと思います。やっぱりギャンブルを中心に栄えた街だけど、個人的には、ラスベガスで仕事をするよりもマカオのほうがうれしかった」

--- ヨーロッパのバックグラウンドに、カナダやアメリカで培ったキャリア、そしてアジアでの経験……。世界を見る視点も、変わってくると思うのですが?

 「ヨーロッパで生まれ育ったことで、ヨーロッパの中をいろいろ旅したことはとても良かった。カナダは、チャンスを与えてくれた。カナダに来て、本当にたくさんのドアが開いたと感じています。シルク・ドゥ・ソレイユもそのひとつ。モントリオールは、素晴らしい場所だと思う。どのプロジェクトも目を開かせてくれ、地平を広げてくれる。さまざまなスタイルや価値観が存在することを、わからせてくれますね」

--- 今回のシルク・ドゥ・ソレイユの仕事で目を開かされたこと、学んだことは?

 「How much one can work.(笑)人間というのは、その気になればいかに多くの仕事ができるか。文句を言っているわけではなくて、むしろ、挑戦する感じがすごくよかった。現地でのリハーサルだけで4ヶ月、マラソンみたいなプロジェクトだった。僕は、どちらかというと早く走るタイプだったから、マラソンには体が慣れてなかった。でも、やればできるんだ、と思いました」

--- 大変だった分、達成感もすごいでしょうね。

 「もちろんそれはありますね。ほっとした、という感じもある。緊張から解放された、というか。でも、ショーがオープンすれば、観客のリアクションを見ながら、“ここはもっと良くできるな”という部分がもう目につくので、メモをたくさん取って、どんどん変えていきます」

--- 『Zaia』のオフィシャル・ホームページで、光のパワーは、人々を別の場所に連れて行くことだ、とおっしゃっていますね。今回は「宇宙」が舞台ですから、照明の役割は特に重要です。

 「テクノロジーとイマジネーション。照明はとてもテクノロジカルな一方、詩的にもなり得ると思っています。僕はテクノロジカルな人間で、コンピューター・プログラミングなんかも駆使するけれど、だからといって、テクノロジーがテーマになることは自分にとってあり得ない。テクノロジーは、あくまでも道具です。ポエジーを創り上げるため、人々の心にイメージを呼び起こすためのね」

--- いつかやってみたい仕事、目標はありますか?

 「ドリーム・プロジェクトということで答えるなら、月世界行きのスペース・シップを作るデザイン・チームの一員になりたい。(笑) ありきたりじゃないことを考えていきたいですね」

インタビュー・文:關 陽子
http://www.axelmorgenthaler.com
http://www.photonicdreams.com
http://www.cirquedusoleil.com/zaia/en/intro/intro.asp
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