モントリオールには潜在的に多くのアーティストが存在するが、その中でも自分たちの技術を地域のために役立てようと努力している若者も多い。その中の一人がTony Eng氏だ。
 ビジネスを勉強した後、会社に勤めながらも大学に戻り自身の夢を叶えるためグラフィックデザイン/フォトグラフィーを勉強、ビジネスを学んだ経験を活かし、個人でデザイン事務所TOE designを設立。
 NPO (Non Profit Organization)を中心にいくつかの仕事をした後、tokoroというグラフィックデザイン会社を友人二人と設立し、2004年にはモントリオールのグラフィックデザイナーたちを集めて地域のNPOのために彼らの技術を提供する48時間のイベント「Design-A-Thon」を開催する。また、同じメンバーで「IMAGE」という、モントリオールの様々なジャンルのアーティストに焦点をあて彼らを紹介する雑誌を刊行。
 現在はまた個人で活動していく準備を進めながら、アジア地域の津波による被害者を助けるためのイベントも企画中。モントリオールでは3カ国語以上話せる人々も多いが、彼もフランス語、英語、中国語を話す。両親は香港から来て現在はトロントに住んでいるが、自身はモントリオールで生まれ育ったという彼に話を聞いた。

--- tokoroを設立するに至るまでの経歴をお聞かせ願えますか。

 「僕は大学ではビジネスとマーケティングを勉強して、現在もHigh Technology companyで働いています。ビジネスやエンジニアはよりリスクの少ないジャンルだし、僕の両親もそれを望んでいました。でも、それは本当に自分のやりたいことではありませんでした。僕は小さい頃からいつも絵を描いていたし、最初は建築家になりたかったんです。でも僕の両親は反対して、ビジネスの方向へ進むか、医者、あるいはエンジニアなどになって欲しがっていた。それで僕はビジネスを勉強しました。でも、僕の個人的な好みは常にアートに、より創造的なことに向いていました。だから、卒業して3、4年ハイテク産業で働いた後、グラフィックデザイン/フォトグラフィーをやろうと決めました。そして、大学に戻り、グラフィックデザインを勉強しました。9時から5時までフルタイムで働きながらも、月、水、金の夜と週末にパートタイムで授業を受けました。僕の本当にやりたいこと、僕の夢を達成するために始めたのです。僕が子供のころからずっと本当にやりたかったことは、両親の影響でできなかったからです。でも、やっと自分の仕事を持って自分のやりたいことに投資することができたので、始めました。そして、一年半後にグラフィックデザインとフォトグラフィーの修了書を得ることができました。ビジネスの学位を持っていることは、ビジネスを始めるに当たってとても役に立っています。だから、特に現在、とても競争の厳しいグラフィックデザインの分野でやっていくためにビジネスを勉強したことはよかったと思っています。そして、自分の会社TOE designを立ち上げることにしたのです。

 会社は僕一人でしたが、同時にフルタイムの仕事もあったので、最初は大変でした。自分が本当に好きなことだったので、楽しかったですが、たいてい午前2時に寝て、7時には起きて仕事に行く毎日でした。グラフィックデザイナー/フォトグラファーとしての仕事は、家族や友達を通して、契約という形式でしていました。結婚するカップルをクライアントとして、ウェディングフォトグラフィーを何件か撮ったり、いくつかのNPOをクライアントに持ちました。僕の主な目的はグラフィックデザインをすることによってお金を得ることではなくて、僕のアーティスティックな方面のキャリアを積むことでした。また、コミュニティを助けることも目的のひとつでした。だから、多くのボランティアワークをしました。

 僕のボランティアワークを紹介すると、例えば、NPOでは「Artist Against Violence」 にグラフィックデザインの仕事をしました。この団体は地域のミュージシャンやアーティスト、パフォーマーを集めて、ストリートキッズを街からなくし、彼らを暴力から守る資金を集めるためのショウを開いています。僕はその団体に、パンフレットやポスター、その他の宣伝媒体のデザインをしました。それが僕のグラフィックデザイナー/フォトグラファーとしての最初の仕事でした。それから更にいくつかNPOのための仕事をしました。「Growing Without Borders」は中古のコンピュータをメキシコや他の国々へ送るという活動をしている団体ですが、そこでもパンフレットなどの仕事をしました。
 その後、僕の会社TOE designを2年やったところで、グラフィックデザインを勉強していたときのクラスメート二人が一緒に仕事をしようと声をかけてきました。それがtokoroでした。去年のことです。」

--- tokoroとはなんですか?

 「フォトグラフィー/デザイン会社です。地域のアーティストを集めて、僕らの作品も含め彼らの作品を展示・紹介するイベントを開催しました。また、48時間のイベントDesign-A-Thonを開催しました。」

--- Desgin-A-Thonとはどんなイベントですか?

 「最初は、tokoroの設立メンバーの一人が、そのアイデアを持ってきました。グラフィックデザイナーを集めてNPOのために技術を提供する72時間のイベントをしようと。僕は素晴らしいアイデアだと思いましたが、72時間はさすがに大変だと思いました。結局、48時間になったのですが、それで良かったと思います。

 具体的には、コミュニティセンターの一つを借り切って、7人から8人のグラフィックデザイナーがコンピュータの前に座って48時間NPOのために彼らの技術を提供するというイベントです。NPOのためのパンフレットやポスターなどの宣伝媒体をデザイン・制作しました。

 その中で僕は主にPRを担当しました。参加してくれるNPOを探したり、参加してくれたNPOと話をして、どんな物を彼らが求めているか、具体的に理解してグラフィックデザイナーたちに伝えたり、デザイナーがきちんと理解しているか確認したりしていました。だから、僕自身はグラフィックデザイナーというよりはイベント開催者としての仕事が主でした。全てがうまくいっているかをチェックする全体的な管理者として参加したのです。」

--- 参加者たちの感想はどうでしたか?

 「彼らはとても楽しんでくれました。ただ言われたことをもとにデザインするだけじゃなくて、イベント会場内のデザイナーたちみんながチームになって作業をしたので、お互いに協力しあい、より創造性を生み出す作業になったからです。更に、それがNPOの助けになっているということでより達成感を味わうことができたからです。ただ仕事をしている、ということではなくて予算の少ないNPOのために、技術を提供している、彼らを助けているということで、更に参加者に意欲が見られたと思います。NPO側もとても喜んでくれました。現在でもその時のNPOとはつきあいがあって、印刷物を制作したりしています。」

--- IMAGEという雑誌を刊行されていますが、どんな雑誌ですか?

 「モントリオールのアーティストを紹介する雑誌です。モントリオールの様々なアーティスト、ペインター、フォトグラファー、デザイナー、ミュージシャンなどを紹介するためのイベントを開催したり、彼らにインタビューしたり、彼らの作品を紹介して、彼らをプロモートするための雑誌です。モントリオールにはたくさんの優秀なアーティストがいますが、問題は、彼らが自分自身を宣伝するお金が十分にないということなのです。だから、才能のある隠れたアーティストがたくさんいます。IMAGEを始めて改めて実に才能のあるアーティストがモントリオールにはたくさんいることに気づき、驚きました。IMAGEを始めた理由のひとつは、僕自身が彼らの気持ちを理解できるからです。でも、最初に思いついたことは、これだけたくさんのアーティストがひとつの街に存在するのだから、競争しあうのではなくて、お互い協力しあったらどうだろうということでした。だから、IMAGEがそれに貢献できることを願って発行しました。」

--- 今まで多くのNPOと仕事をなさっていますが、なぜNPOをクライアントに選んだのですか?

 「何年かビジネスの世界で働いて思ったのは、ビジネスの世界ではあまりにもいつもお金のことばかり考えているということです。僕の人生の第一目的はお金持ちになることではないのです。最初はグラフィックデザイナーとしての経験を得る機会として、無償でNPOのために仕事をしていたのですが、彼らと仕事をした後、その仕事がとても感謝されるということに気づきました。彼らには、お金以上の物を提供することができるのです。うまく説明できないけど、彼らの喜んだ姿を見ることで、より満足感を得ることができました。

 それに、グラフィックデザイナー業界はとても競争が厳しく、雇う側にとってとても高価だということに気づきました。でも、NPOは宣伝に割く予算が充分にとれないためにデザイナーを雇うことができないのです。けれども、彼らにとって良いデザインを得ることは彼らがどんな活動をしているか知らせるためにとても大切なことです。それに、このNPOがここまで成長するのに僕はこんな形で協力しました、と言えることは素敵なことです。普通にお金を請求してデザインの仕事をすることもできますが、お金を得ることはできても、得られる満足感は違います。また、一度協力したNPOからはその後もとても良い関係が続いています。例えばDesign-A-Thonにも参加したNPOCaregivers(介護者)同士が情報や経験を分かち合うための会議を開催している「Caring Voice」から話があって、現在彼らが5月に行おうとしているイベント開催の手伝いをしています。 」

--- 今後の企画として津波の被害者のためのイベントを企画しているそうですが、それはどんなものですか?

 「最初は、知り合いのアーティストが、「津波」で被害にあった人々のための募金を集めるイベント開催に興味はないかと話がありました。画家や写真家たちを集めて、彼らの作品を募金のために提供してもらうのです。僕は素晴らしいアイデアだと思いました。やはり場所を確保したり十分なアーティストを集めたりするのは簡単なことではないのですが、現在開催に向けて準備を始めています。」

--- モントリオールについてどう思いますか。

 「モントリオールは決して眠らない街とも言われています。僕のようにね。僕は勉強することが大好きで、たくさん学びたいことがあります。今僕はマッサージセラピストの資格を得るために勉強しています。これもまた僕のやりたかったことの一つなのです。モントリオールではやりたいと思うことがたくさんあって、それもまた僕がモントリオールを好きな理由の一つです。退屈したことが一度もありません。いつもやりたいことがそこにあって、それを実際に試してみることができるのです。

 モントリオールはトロントやニューヨークなどと比べて小さいし、控えめだと思います。それと同時に、カナダの中でもモントリオールはとても異なっていると思います。とてもヨーロッパ的なんです。僕はトロントに家族がいますが、トロントにいくと人々はいつも急いでいて、何か追い立てられるような気になります。モントリオールでは人々はより人生を楽しむために時間を割いています。コーヒーを飲んだり、食事をしたりするのにより時間をかけて楽しむのです。トロントはチャイニーズコミュニティがとても大きいので、僕はトロントへ行くと、まるで香港にいったような気になります。そういう点ではモントリオールの方がより多様性を感じることができて、それもまた僕にとってモントリオールの魅力的な部分です。」

--- これから一番やりたいことはなんですか?

 「人生を楽しむことかな。僕はまだ若いし、興味のあることをできるだけやりたいし、それを続けていきたいと思っています。もし今日死ぬことになったとしても(笑)、今やりたいこと、やれることをやっていれば幸せです。小さい頃はとても厳しい教育を受けました。これを勉強して大学へ行って、こういう仕事を見つけて結婚して、というような。でもそれは僕のしたいことではなかった。今後、もしできるとしたら旅行して旅行写真家になりたいですね。写真の方がグラフィックデザインよりも自分を表現できるし、もし選択できるのなら写真を選びたいです。写真が大好きだし、やりたいことはたくさんあります。一度何かを楽しむことができれば、それにエネルギーを注ぎ込むことができるのです。」

 モントリオールの魅力を知り、生活の場として選ぶ彼のような若い存在が、モントリオールのアーティストを取り巻く環境を今以上に活気あるものにしてくれることを期待したい。

取材・文:後藤さおり
当ホームページ内の画像・文章等の無断使用、無断転載を禁じます。すべての著作権はFROM MONTREAL.COMに帰属します。情報の提供、ご意見、お問い合わせは「左メニューのCONTACT」よりお願いします。
Copyright (c) 1996-2007 FROM-MONTREAL.COM All Rights Reserved