MUTEKというフェスティバルをご存じだろうか。名前の由来はMUSIC + TECHNOLOGY。今年で5回目を数えるエレクトロニック・ミュージック・フェスティバルである。コンピューターを駆使した電子音楽にサウンド・アート、それらとリンクする映像作品を5日間にわたって満喫することができる貴重なイヴェント。ライブ・パフォーマンスのほかにディスカッションなど意見交換の場も設けられ、著名なアーティストの創作現場を目撃するチャンスや、アイデアを得る瞬間に立ち会うことも不可能ではない。

 MUTEKは、モントリオール・インターナショナル・フェスティバル・オブ・ニューシネマ&ニュー・メディア(以下FCMM。こちらのほうは今年33回目!)のプログラム・ディレクターを務めていたAlain Mongeau氏が、その音楽部門を独立させるような形で、2000年に第1回を開催、年々評価を高めている。

 エレクトロニック・ミュージックのイヴェントでは、スペインのバルセロナで行われるSONAR (ADVANCED MUSIC AND MULTIMEDIA ART)が最も大規模なものとして知られているが、MUTEKはアーティスト同士・参加者同士のコンタクトやコミュニケーションを重視し、エンターテインメントより、むしろ実験工房的な機能を備えている。
 今年は6月2日から6日まで、10カ国から60名のアーティストが参加して、市内3カ所で行われる。土曜の夜はオールナイト、最終日は例年、何らかのサプライズが用意されている。
 ディレクターのAlain Mongeau氏に、話を聞いた。

--- 5周年を迎えるにあたって、どんな心境ですか。

 「5年というのは長い時間です。それで、当初はもっとそれを祝うような形でテーマを設定したいと考えたのですが、周囲から5年ではまだ十分でないと言われてしまいました。でも、私たちには確かに達成感があります。単に5年目を迎えたということだけではなく、私としては、このイヴェントの“進化”を祝いたいという気持ちがありますね。
 5年前には、エレクトロニック・ミュージックに対して、レイヴやDJを中心にした音楽だというような偏見があって、生きたアーティストがその音楽を作り、表現しようとしている姿が見えなかった。MUTEKは彼らに露出する機会を与え、影の中から引っ張り出した。ローカルな部分では、コミュニティーにとってもアーティストにとっても意義のある役割を果たしていると思うし、世界的にも、ある種の信頼を得ることができたのではないかと自負しています」

--- 今年はより開放的に、とのことですが。具体的にどのような点が、いままでとは違うのでしょう。

 「5年前にMUTEKがスタートしたとき、困難だったことのひとつは、これはレイヴ でも、いわゆるクラブ・イヴェントでもないという点をはっきり打ち出すことでした。それで、差別化をはかるために、ショーはDJ中心の内容ではなく、ほとんど100%ミュージシャンのライヴ・パフォーマンスにしたんです。そして、現代音楽に近い、より実験的な音楽を紹介し、周辺のデザインもミニマルにして、方向性を明確にした。ただ、その位置づけがあまりにもうまくいってしまったために(笑)、人々に近寄りがたいイメージを与えてしまった。2年目以降は、そのイメージを打ち消すためにやってきたようなものです。シリアスな部分だけでなく、お祭り的な楽しい印象も与えたい。基本の姿勢は崩さないままで、よりオープンにしていきたい。一方ではさらに実験的に、もう一方では大衆的に。過激で先鋭的な音の芸術と、ビート指向のダンス・ミュージックを両極に、MUTEKはその幅を広げてきたし、今後もそうありたいと思っています」

--- 第5回開催にあたっての資料には、「MUTEKはシンク・タンクであり、たとえ答えが与えられずとも、そのなかに飛び込んで冒険すべき果てしない問いの連続である」といった記述があります。あなた自身が、問いかけたいことは何ですか?

 「数年前のパネル・ディスカッションで、<エレクトロニック・ミュージックは、グローバライゼーションのサウンドトラックか?>という議題で話し合ったことがあります。とてもありきたりな言い方・考え方ですが、私はある意味、そうだと思いますね。言語を必要としないコミュニケーションの方法。実際、国籍や言葉の違うミュージシャンが、一緒に音楽を作ったりしているし、コンピューターがあってインターネットにアクセスできれば、異国にいながらの共同作業も、世界に向けて作品を発表することも可能なんです」

「それから、最近あるインタヴューで聞かれたことなんですが、メディアの歴史において、我々は今、どのあたりにいるのだろうか? と。私は、まだまだ初期の段階であると考えます。ようやく道具の使い方を覚え、言語を覚え、デジタルな創作活動が始まったばかり。過去20〜25年くらいの間に、コンピューターはずいぶん身近になったけれども、できることはこれからもっともっと広がっていくはずです」

--- 私が特に興味を持ったのは、MUTEKがモントリオール以外の場所で最初にイヴェントを行ったのが2002年のサンパウロ(ブラジル)で、その翌年にはチリとメキシコで“ミニ・フェスティバル”が行われていることです。どちらかというと無機質なエレクトロニック・ミュージックと、熱くて肉感的な印象を与えるこれらの国々との取り合わせがおもしろいですね。

 「ひとつには、時代性というものがあると思います。テクノロジーの恩恵を受けられる場所でさえあれば、世界中どこの人とでも情報を交換したり活動を共にすることができる。
 そして、私個人のラテンアメリカに対する興味は、文化の違いが即興演奏などに表れることですね。南米のアーティストは、たとえばドイツの人たちのように厳密にすべてをコントロールしようとはせず、気軽にステージに立ち、自由に演奏します。そうした態度は、ヨーロッパの人々にも逆にインパクトを与え、ライヴのありかたという意味で、大きな影響を与えています」

--- 日本のエレクトロニック・ミュージックについては、いかがですか。

 「日本にはまだ行ったことがないんです。何年か前にチャンスはあったし、毎年、日本からもアーティストを招きたいと願っていますが、私にとってはまだ抽象的なイメージしかない。去年はパリ在住のツジコノリコさんが参加し、今年はMUというイギリス在住のアーティストが加わるはずでしたが、残念ながらキャンセルとなりました。
 日本でも、ここ数年、こうした音楽が広まってきているなという感触は確かにあります。とにかく大変興味はあるので、特定のレーベルやアーティストの音楽を端的に知るのではなく、日本を訪れて全体の状況を把握したいと思っています」

--- モントリオールという場所が、MUTEKのようなイヴェントにふさわしい理由をあげてください。

 「いろいろあると思いますが、まず、北米では唯一2カ国語以上の言葉が一般的に使われていること。英語とフランス語のほかに、スペイン語を話す人も多いし、異質なものを受け容れる土壌がありますね。ラテンアメリカへのブリッジにもなり得るし、ヨーロッパとの関わりについては言うまでもありません。
 北米というのは新世界です。だから、“可能性”が感じられる。モントリオールは、経済的には貧しい都市かもしれないけれど、私は、ドイツのベルリンと共通したものを感じます。ベルリンは経済的には破綻しているんだけれど、ここ数年、世界中からいろんな分野のアーティストがどんどん移住している。モントリオールも、生活費が安くてアーティストには住みやすく、いわゆるボヘミアン・ファクターがとても高い。モントリオールは、旧世界と新世界をつなぎ、北欧の気候とラテンの気質を兼ね備え、テクノロジーも発達している場所として、このイヴェントには合っていると思います」

 「最初に好きになった音楽はどんなものでしたか?」と質問すると、「ずっとエレクトロニック・ミュージックが好きだった」という答えが返ってきた。70年代から80年代にかけては、聴きたいものを「ずっと探して」いたが、90年代に入ってようやく選べるようになった。DJとして活動していたこともおありですねと水を向けると、「クロゼットDJです」と言って彼は笑った。 「たとえば、ゲイの人がそれを世間に打ち明けることを、クロゼットから出るというでしょう。(coming out of the closet )私の場合は、仕事でいろんな国に行って買い集めたレコードがあったので、それを友人のパーティーや小さなイヴェントで回していた程度で、堂々とDJですと言えるような活動はしていません。 ただ、実際、私がやっていることは、フェスティバルの5日間のプログラムをひとつのセットとしてまとめるDJのような仕事ではありますね。ドイツのジャーナリストが書いた『DJ CULTURE』という本があるのですが、そこには、文化的な活動において材料を選び、混ぜ合わせ、調整し、何かを加えたり変化させたりする作業は、すべてDJのそれと同じだというようなことが書いてあります。そういう意味では、私はMUTEKDJかもしれません」

--- MUTEKは、アヴァンギャルドという言葉で形容されることがあります。あなたにとって、「アヴァンギャルド」とは、どういう意味を持っていますか?

 「他の人が使うのはそのままにしているけれど、私自身は、その言葉を使わないようにしています。MUTEKがアヴァンギャルドなイヴェントだという言いかたは好きじゃない。というのは、アヴァンギャルドというレッテルが貼られた時点で、すでに終わりが始まっているからです。私は、MUTEKはプロセスそのものに意味があると思っています。新しい何かが起こり、新しいコネクションが生まれ、年齢や経験を問わずアーティスト同志がつながり、常に試行錯誤が行われているような。ただミュージシャンとVJがいて作品を紹介するのではなく、多くの発見と刺激によって、創作活動の再構築が行われるような機会になればと考えています。だから、前衛的ではなく改革的、innovationという言葉を使いたい。
 また、MUTEKというのは<ミュージック+テクノロジー>を表す言葉ですが、個人的には、mutation(変化・変異)を表すものだと考えています。表現の形態がどんどん変化して、デジタルな音楽、デジタルなダンス、デジタルな演劇……という風に広がっていけば、いずれはMUTEKのほかにも新しいフェスティバルを企画したい」

--- もうひとつ、「インターナショナル・アンダーグラウンド」という表現も目にするのですが。

 「私には、<アンダーグラウンド>の定義がよくわかりません。だから、メイン・ストリームの対極にあるという意味でしかとらえられないけど、しばらく前に、これは受け入れられるなと思ったのは、<アンダー・ザ・レーダー>という表現です。たとえば、飛行機が飛んでいるんだけど高度が十分ではないため、レーダーにはそれが映らない。MUTEKは明らかにアンダー・ザ・レーダーです。コマーシャルなレベルに達していないという意味でね」

 「でも、私はやっぱり、(コマーシャルな)結果より、人々がなにかをやろうとしている熱、変えていこうとしている姿勢に興味があります。革命を起こそうと(笑)している人々の、ね」

--- MUTEKがこうなればいいという夢がありますか?

 「すでに実践していると思います。MUTEKは、実験室です。去年の最終日のショーでは、この分野では重要な10人のアーティストが、それぞれのコンピューターをつないで、まったくリハーサルなしで即興演奏を行いました。世界でも初めての試みです。これは、MUTEKにしかできないことだったと思う。たとえば、参加者のひとりPLASTIKMANRichie Hawtinは、このイヴェントが彼のキャリアのなかでもハイライトのひとつだったと話していました。そして今年のMUTEKでは、彼は10年ぶりのライブ・パフォーマンスを行います。SONARが彼に出演を依頼したんですが、彼は断った。実験には大きすぎるのだと思います。
 彼だけでなく、MUTEKが新しいことを試す最適の場所として認識されてきているのは確かだし、それは素晴らしいことだと思います。フェスティバルとしての規模がただ拡大していくよりも、<ここには未来が見える>という存在でありたいですね」

2004年のMUTEKは、以下の3会場で開催される。

EX-CENTRIS
3530, boul Saint-Laurent, Montreal
(514)847-3536

SAT
1195 Saint-Laurent, Montreal
(514)844-2033

METROPOLIS
59 Ste Catherine East, Montreal
(514) 844-3500

詳細:www.mutek.ca

取材・文:関 陽子
表紙写真クレジット:Caroline Hayeur - Agence Stock Photo
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