The Gazette紙のティーン・エイジャー向けのページで、「“天才”音楽家」の特集があった。含まれていた年表の、モーツァルトからはじまる名前を下にたどると、グレン・グールドを過ぎたのち、いちばん下にAlexandre Da Costaという名前があった。5歳で「ソロの演奏家になる!」と決め、6歳半ですでにヴァイオリンを携えてのテレビ出演、9歳でコンサートを経験していたアレクサンドル・ダ・コスタは、モントリオール出身の22歳。

 現在はウィーンに拠点を移し、ヨーロッパを中心に演奏活動を行っている。クラシック音楽を愛しながら、他のジャンルの作品も「素晴らしいものは」自分の表現活動に取り入れ、ジミ・ヘンドリックスやポール・マッカートニーの楽曲をアレンジしたCDも発表している。ピアノの腕も確かなもので、レコーディングではふたつの楽器を自分で演奏している。北米、ヨーロッパ、アジアの各国でステージに立ち、その数は合計500を超える。日本も2回、訪れたことがあり、「また早く行きたい」と笑顔で話す。ツアーの合間のある1日、モントリオールで話を聞いた。

--- はじめてヴァイオリンに触れたときのことから聞かせてください。

「僕の母はヴィジュアル・アーティストで、絵を描きながらいつも音楽を聞いていました。それで僕も興味を持ちはじめたんですね。当時、僕の家には弦のないヴァイオリンが飾ってあって、それをどうしても弾きたくなって、母に頼んで弦を張ってもらいました。もちろん初めてだから、どうしていいのかわからなかったけど、それから一生懸命練習しました。5歳の子供だったけど、ヴァイオリンを弾きたいという意志ははっきりと自分のものだったし、弾くことが本当に好きでした」

--- なぜ、ヴァイオリンが好きになったのだと思いますか?

「木でできた小さな楽器を首に乗せ、手で支えると、それが体の一部になったような感じがする。そして、その小さな木から実に美しい音が出る。子供たちにとっては魔法のように見えるでしょう? 少なくとも、僕にはそうでした」

--- 9歳の時点ですでに、ステージに立って演奏していますね。

「そのころにはもう、いくつかとても好きな曲があって、たくさんの人の前で演奏することが、とても楽しいと感じていました。この“楽しい”という気持ちは、僕のキャリアにとって本当に大切なことです。演奏そのものが楽しく、演奏を通じて観客とコミュニケートすることが楽しい。<うまく弾こう>として、自然な演奏ができなくなった時期もありますが、観客とのコミュニケーションがとれなければ、美しいラブストーリーなど伝わるはずもない。リラックスして、楽しく演奏するように心がけています」

--- 人の性格と選ぶ楽器には、関連があると思います。たとえば、打楽器を演奏する人たちに共通する何か、低音の楽器を選ぶ人々に共通する何か、といったものはありますよね。ヴァイオリンとピアノの両方を演奏するということについて、この点はどう思われますか?

「そういう視点で見ると、自分にふたつのパーソナリティがあるみたいな感じだけれど、誰でも二面性は持っているとも思います。ピアノは大きな楽器で、基本的には椅子に座ってそこから動くことができない。威圧的なところもあって、それをどう自分が支配的な立場に立って、うまくコントロールできるかという面白さがあります。一方ヴァイオリンは、ダンスをしながらでも、座っていても立っていても演奏できる。まるで体の一部のようだし、それを弾くのは、楽器とロマンティックな関係を愉しむような感じです。このふたつには、まったく違う世界があるけれど、きっと僕にはその両方が必要なんでしょう。人々にヴァイオリンで話しかけたいときもあれば、ピアノのパワーで意思を伝えたいこともある。キャリアとしてはヴァイオリンを選んだので、今はステージでピアノを演奏する機会はあまりないのが淋しいですね。ときどきはピアノも(コンサートで)弾きたいと思っています」

--- 二つの楽器に共通するのは、どちらも主役であるということですね。

「僕には幼いころからずっと、ソロでやっていきたいという希望や野心がありました。世の中にはリーダー格の人もいれば、チームの一員となって音楽を創りあげる人もいる。僕は、どちらかといえばリーダー・タイプなんだと思います。音楽家としてやっていくのは、簡単なことじゃありません。いろんな道や方法があって、試行錯誤をくりかえしていかなきゃならない。僕もこの4年間、いろんな場所に行き、今回また違う街(ウィーン)に移りました。もし僕が、オーケストラの一員として演奏していきたいと思うなら、そのほうがずっと簡単なんです。たとえばニューヨークと決めたら、そこにある有名なオーケストラのオーディションを受け、オーケストラの一員としての演奏技術を極めればいい。でも、僕にはそれができないし、そうしたいとは思わないんですね。やりたくないことをあえてやるというのは危険な感情を招くだろうし、不幸なことだと思います」

 才能に恵まれた友人たちが、「音楽家として成功するんだ!」という夢をもちながら、「でも、もしだめだったら……」と、ときに弱気になるのを、アレクサンドルは残念に思っている。「みんな、生活のために他のスキルを身につけようとする。でも、音楽家に必要なのは、意志の強さと野望を持ち続けること。そうでなければ、競争には勝ち残れない」。

 と話しながらふと思いつき、「もし、いつか自分に子供ができたら、ヴァイオリンとピアノは絶対に教えるけれど、彼らが音楽家になりたいと言いだしたら、他の道を選んだほうがいいんじゃないか? とすすめるだろうな」と笑う。「自分の音楽家としての人生は、疑ったことがないけれど」と。

--- 最近のポップ・ミュージックも聴きますか?

「もちろん。ポップミュージックの中には、商業的な目的だけで作られた粗悪な作品がある一方で、とても素晴らしい作品もあります。僕は、“ポップ・ミュージック”とは、“その時代の音楽”であると思っています。モーツァルトの時代には、モーツァルトがポップだったはず。200年前の人々はワルツを踊りに出かけ、いまの人たちは16ビートのダンス・ミュージックで踊る。ただ、最近のポップ・ミュージックの多くは、食べ物にたとえるならジャンク・フードのようなものですね。毎日ジャンク・フードばかり食べていないで、ときにはきちんとした料理も食べてほしいと思います」

--- 22歳という年齢について、どんなふうにとらえていますか?

「素晴らしいキャリアを築きはじめるのに、最高の年齢だと思います(笑)。僕はちょうど、いわゆる勉強を終了したところ。クラシック音楽の世界では、世界的な傾向として少し前まで、若いうちにキャリアを確立することがよしとされ、みんながそのために必死になっていました。でも、僕はこの考え方は間違っていると思います。若くして成功したために注目を浴び、本人が何もよくわからないうちにまわりに踊らされてしまったり、本当にやりたいことができなくなってしまったり、13歳のときには売れても24歳になったら売れないというような、商業主義的な価値観のもとでは、アーティストが本当に幸せになれるのかどうか疑問です。その点、僕は本当に恵まれていたと思います。カナダという母国から多くの支援を受けて、さまざまな形で学ぶ機会を与えられました。そして、経験によって国際的な視野が広がってきて、僕はいま、自分が何者で、何をどう演奏し、何を提供し、どこへ行きたいのかがわかっているつもりです。キャリアというものは長い時間をかけて確立されるものであるということ、そして維持されるためにこそ、築き上げられるべきものであると思っています。僕は演奏をしながら世界をまわり、土壌を築いていると確信しています」

 これからの目標について尋ねたら、「いろいろあります」という答えが返ってきた。ひとつはっきりしているのは、今後もヴァイオリンとともに世界中を旅してゆきたいということ。「もし、ひとつの場所を選んで、その場所にずっといなければならないとしたら、僕にはとても悲しいことだと思う。だって、僕のパーソナリティーの大部分を作り上げたのは、世界各地でのさまざまな経験だから」。

 1年のうち、200日はツアーに出ているというような生活ができたら幸せだろうな、とアレクサンドルは言う。そして、こんなふうにも言った。「みんなに、 たとえ一生に一度でもいいから、コンサートに出かけてみてほしい。きっと、世界が少し変わると思う。音楽は、本当にパワフルなものだから」


取材・文:関 陽子
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