“ Believe me. I'm busy! ”気持ちの良い豪快さで、あははと笑って彼女は言った。リーズ・ラヴァリーさんは、世界中で展開しているファッション誌『ELLE』のケベック版『ELLE Quebec』の編集長である。さらには、今年3月に創刊される 『ELLE Canada』の主幹も兼任。月刊誌の編集という仕事がどれくらい忙しいものであるかは、私も経験により少しは知っているつもりだが、2誌を掛け持ち、しかも、一誌は創刊準備中という状況は、想像するに、まさに彼女の言うとおりだろう。つまり、もはや笑い飛ばすしかないような忙しさ、である。週のうち3日はトロント、4日はモントリオールといった毎日の、ごく限られた時間をさいて、快くインタヴューに応じてくださったことに、あらためてお礼を言いたい。

何か新しいこと

--- 編集者として現在のポジションに就かれるまでの履歴を、まず簡単にお聞かせください。

「ハイスクール時代に、音楽に関する新聞をつくっていました。音楽が好きで、書くことが好きだった。それから27年間、編集の仕事をしています。私のこれまでの生活・人生は、常に「言葉」と、書くということへの「愛」と、そのときどきに興味のある「対象」の交差したものですね。対象としては、旅行関係、音楽関係、政治も、外交関係と、いろいろやりました。『ELLE』の編集長として迎えられて2年ですが、その前は5年間、エア・カナダの機内誌『enRoute』の編集長をしていたんです。あるとき、電話が鳴って『ELLE Quebec』をやらないか、と。なんて光栄なことかと思ったし、私は女性の問題にも、ファッションにも、トレンドにも、ライフスタイルにも、とにかく「何か新しいこと」のすべてに興味があったので、引き受けました。いろんなことに興味があって、それで自分がみつけたことを<これが新しいよ>と伝える楽しみもある。個人的な興味と仕事がうまく一致した形です」

--- ずっと、モントリオールにお住まいですか?

「75年から76年までをイギリスのロンドンで、88年から89年にかけてをアルバータで過ごしたことをのぞけば、ずっとモントリオールです。いい経験だったけど、モントリオールが好きで、ここがいいですね」

--- カルガリーとの違いって、何でしょう?

「もう全然違いますね。まず、サイズが違う。そして、カルガリーは<アウトドア>の街です。モントリオールの人々は、レストランやクラブ、バーに出かけていきますが、カルガリーの人々は、ハイキングやスキーに出かける(笑)。 だって、美しい自然環境がいちばん素晴らしいところなんだから、それを楽しまない手はないでしょう」

エル・スピリット

--- 『ELLE Quebec』について、まず驚くのは、ケベックという地域に『ELLE』が1冊あるということなんですよね。それだけの需要があるのだろうか、というと。

「もちろんあります。カナダでは、『ELLE』のほかに、ふたつの大手のファッション雑誌が出版されています。トロントの『FLARE』と、バンクーバーの『FASHION』ですね。『FLARE』は最大手ですが、全国展開で店頭販売分が毎月15万部です。現在『ELLE Quebec』は、ケベックだけで約37万5千人の定期購読者を持ち、店頭で毎月およそ7万5千部を売っています。ここ(モントリオール)の人たちは、ファッションに興味を持っていますね。ヨーロッパのライフ・スタイルに、より敏感といったところでしょうか」

--- 読者の年齢層は?

「平均年齢は、30歳から35歳です」

--- 意外に高いんですね。

「高年齢化社会ですからね。もちろん、下は十代から上は60歳まで幅広いんですけど、いちばん多い年齢というのは、31歳ぐらいじゃないでしょうか」

--- 掲載する記事の割合は、どの程度がケベック版独自のものなんでしょう?

「全体の20パーセントが、『ELLE』の国際版から掲載権を買ったもの。80パーセントは独自に作ります」

--- 大きいですね。

「カナダで発行する雑誌の内容の80パーセント以上は、国内で制作されたものでなければならないという法律があるんです。カナダのライター、カメラマン、デザイナーを使って作れということなんですが、でも、それこそが成功の秘密のひとつだと思います。現地の人たちの興味や反応を、直接感じながら作ることができる。たとえ法的な規制がなくても、同じように編集すると思いますね。アメリカの雑誌もフランスの雑誌も買える場所で、あえてこの雑誌を選ぶとしたら、それは読者に向けて直接メッセージが発せられているからです。いいなと思ったときに、実際に買えるものが紹介されていて、ローカルなスターなど、彼らがよく知っている人が登場していることなどが理由でしょう」

--- 『ELLE Canada』との差別化については、どのようにお考えですか?

「『ELLE』には、すべての『ELLE』に共通するエル・スピリットというものがあります。哲学というか、精神がね。『ELLE』が読者として想定しているのは、都会的で教養があり、行動的で、独立心が旺盛な、25歳から35歳の女性。多くは独身で、政治にも、社会問題にも関心がある?。そういう女性は世界の各地に存在しているわけです。インドにも、日本にも、アルゼンチンにも、ポルトガルにも。で、そういう潜在的な読者は、カナダにも存在している。ケベックとカナダの他州では、多少好みは違うかもしれませんが、『ELLE』の読者、ということで共通点がたくさんあるわけです」「具体的な違いをあげれば、たとえばモントリオールはミックス&マッチを、トロントは、頭からつま先までプラダで統一、というようなトータル・ルックを好むようなところがありますね。<カナダ>はそのときどきの流行を、<ケベック>は個性をより重視する。ファッションに関しては、より経験を積んでいるからです。ただし、他の地域にいまあるような、ファッションに対する熱っぽさは、残念ながらモントリオールにはもうありませんね。良くも悪くも、ファッションも生活の一部だ、というような受け入れられかたをしてしまっている」「インターナショナルな話題、たとえばイスラム世界における女性の状況、といったテーマでは、両方の雑誌に同じ内容の記事を掲載する可能性もあります。アルバータに住んでいたことと、エア・カナダの機内誌を作っていた経験のおかげで、カナダのどこに何がフィットするか、というようなことがわかります。英語・フランス語の両方で、編集をしていましたし。多分、それでこの仕事を与えられたのだとも思います」

--- たいへん興味深いお仕事ですね。

「メディアの視点で、カナダを全体的に眺められるのは魅力的です。カナダでは、ほとんどの媒体が、特定のグループを相手にしています。フレンチあるいはイングリッシュ。オンタリオ、あるいはBCといった具合にね。全国を相手にするだけでなく、メインとなるふたつの文化を同時に、ジャーナリスティックに扱うポジションは、あまりないのではないかと思います」

トロントVSモントリオール

--- モントリオールとトロントの二重生活で、どんなことをお感じでしょう?

「どちらもエネルギッシュな街ですが、そのあり方が全然違う。モントリオールはホーム・タウンだから、かえって評価が厳しくなることもあるけど。知りすぎているせいでね(笑)。でも、ここは住むのに楽しい場所だし、スピリットがあるでしょう。真冬の火曜日の夜に、St-Laurentのレストランに行くと、どこもいっぱいで、みんな楽しそうにしていて、外は雪の嵐だというのに、誰も気にしてない(笑)。ワインをあけ、マティーニを飲んで盛り上がっている。これがトロントで同じ天気なら、みんな家にいるでしょうね(笑)」「ただし、こうしたクリシェ(ステレオタイプ)には、気をつける必要があります。一面だけを見て評価を決めるわけにはいきません。たとえば、トロントには、パワーとマネーによるエネルギーがあります。経済力であれ、権力であれ、力をもった人々がいて、ダイナミックな状況を作り出している。展覧会のオープニング・レセプションを例にあげれば、トロントではゲストのなかに政治家もいるし、みんなパワー・ドレスやパワー・スーツを着て、主張し合っている。ビジネスの緊張感が漂っています。モントリオールでは、もっとリラックスした雰囲気で、地元のアーティストの社交の場というか、ボヘミアンっぽい感じ。私は、どちらも好きですけどね」

--- トロントに住みたいと思うことは?

「仕事の関係もあって、最近、考えてはいますよ。というより私は、どこにでも住めると思っています。私は、そこでの「生活」がどんなものかということに興味があるんですね。その土地の博物館に何が展示してあるかより、町のスーパーマーケットの棚に並んでいるもののほうが、ずっと興味を引きます。それを知るには、住んでみるしかない。どこに住んでもいいですね。もちろん、条件が良ければの話ですが(笑)。」

--- モントリオールでも、トロントでも、通りを行く人々を眺めていて、どんな風 に感じますか?

「さっきの話とも通じますが、たとえば、<ケベックの人々のヨーロッパ的なセンスに比べると、イングリッシュ・カナダの人たちは洗練されていない>というような、ケベックで好まれるステレオタイプを持ち出すのは簡単です。が、実際、どこでもいい、モントリオールのショッピング・モールに行ってみればわかる。いったいどれだけおしゃれな人がいるというのか?! その街のどこを、どんなふうに見るのかで、印象は全然変わってくるんです。たとえば、最近トロントでいくつかのパーティーに出席しましたが、とても大勢の人が、全身デザイナーズ・ブランドに身を包み、非常に華やかでした。これは逆に、モントリオールではあまり見られないものです。何度も何度もクリシェを繰り返すばかりでは、意識は何も変わらない。常套的な手段を用いるのは、最も単純で簡単な方法ですが、現実はもっと複雑です。編集者としての私の仕事は、こうしたクリシェを横に押しやって、本当に何が起こっているのかを見て、伝えることです。世の中には、百万の現実があり、出来事があるんですからね」

Ease of Life

--- これまでのインタヴューでも、たびたび登場した言葉ですが、ケベックの人々は<Quality of Life>という表現が好きですね。

「クオリティ・オブ・ライフといっても、ここにあるのは、ちょっと違った意味でのクオリティですよね。たとえば、客観的な意味でのクオリティ・オブ・ライフのひとつを目にしたいなら、ニューヨークのアッパー・ウェスト・サイドに行ってみればいい。モントリオールにあるのは、気楽さだと思います。ease of life.物事は比較的シンプルで、生活がラク。人々は気さくで、イージー・ゴーイング。これは、トロントにはないですね。でも、バンクーバーにはあるかもしれない」「先日、映画館に行ったら、ルシアン・ブシャール州首相が息子さんたちと一緒に来ていた。みんな彼に気づいているけど、誰も声をかけたりしない。ボディガードもきっとどこかにいるんだろうけど、わからない。なんというか、そういうマナーもありますね」「欠点は、ちょっとリラックスしすぎていることかもしれませんね。ときには外に出て、鍛えられることも必要かもしれない。居心地が良すぎることは、危険でもあると思います」

--- モントリオール・ビエンナーレのディレクターが、ここのアーティストには野心が足りないとおっしゃっていました。

「それは、まさにその通りだと思います。たとえば、シルク・デュ・ソレイユやボンバルディエが世界的に成功しているという事実を、人々は讃え、誇りにしているけれど、本当は、一人ひとりにそれができる可能性があるんですよね。それを、他人事にしてしまっています」

--- カナダのファッション・デザイナーについてはどうでしょう?

「モントリオールを本拠にしているYSOの、去年の夏のコレクションは本当に素晴らしかった。彼は素晴らしい才能を持っています。個人的にはメリサ・メニクッチが好きです。でも、まだ誰も、残念ながら世界的に活躍するレベルには至っていません。才能を持った人がいないわけではなくて、それが生かされていないんです。政府の援助の仕方が間違っているという問題もある。本当に才能があって、将来が約束されているところへ思い切ってつぎこめばいいのに、みんなにちょっとずつばらまくやりかた。結果、ぱっとしないビジネスが生き残ることができる一方、突出した才能が大きな仕事のできない状況に置かれているんです」

好きなデザイナーについて質問したら、ベルギーのデザイナーたちを筆頭に、次々になじみのある名前があがった。日本のデザイナーは? と、私が山本耀司の名を口にしたとたん、「あぁー!」と、笑いながら嘆くような反応。「ヨウジ・ヤマモトは、いま羅列した人たちすべての中でも、もう最高の天才でしょう。(笑)他のデザイナーのやっていることが<ファッション>なら、彼のはレリジョン(笑)。単なる洋服をはるかに超えている。宗教的なメッセージを含んでいる、というか。日本のデザイナーは   、ヨーロッパやアメリカのデザイナーに比べて、ハイ・ファッションをいかに実用的に着るか、ということを理解していると思います。派手な形で目を引くのではなく、また、実験的なことを実験的に見せてしまわず、きちんと主張が含まれている。ヨウジ・ヤマモトは、そのマスターですね。着られる身分になったら、世界一幸せだわ。(笑)」

--- 最後に、この街で一日、何も心配することがなく自由に時間が使えるとしたら、どんなふうにして過ごしたいかを聞かせてください。

「朝はまず、とても早く起きて、山(マウント・ロイヤル)の中をゆっくり散歩した後、カフェ・オ・レを飲みながら時間をかけて新聞を読み、スパでマッサージをしてもらって、Holt Renfrewでショッピング。ChaptersかIndigoで本や雑誌を物色し、3時か4時頃Starbacksのキャラメル・マッキャートを飲みながら雑誌を眺め、いったん家に帰って昼寝。その後、SotoかKaizenTreehouseで夕食。そして、寝る。(笑)いい一日だね。やってみよう(笑)」

『ELLE Canada』は、世界で33番目の『ELLE』として、2001年3月14日に創刊される。


取材・文:関 陽子
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