ジャック=アンドレ・ウル氏は、モントリオール・バロック・オーケストラを中心に演奏活動を行うヴァイオリニスト。一方では、音楽専門のライターとして、執筆や翻訳も多数、手がけている。ハイドン、ヘンデル、バッハ、そしてモーツアルトといった17〜18世紀の音楽が専門だが、20世紀末のアーバン・テクノ・ミュージック(?)、DJ RAMのアルバム・レコーディングにも参加している。年末年始は、コンサートやパーティーが多く催され、演奏家として最も忙しい時期。同じ日に、朝・昼・夜と3つの違うオーケストラのリハーサルに参加し、夜遅く帰ると、原稿の締め切りが待っているというような1日もある。インタヴューが終わりに近づく頃、時計に目をやって驚いた彼は、「あと10分でリハーサルが始まってしまう!」と、あわててコートを着込んだ。そういう忙しさが決して嫌いではない、という表情だった。

--- まず、どのようにして現在のキャリアを手に入れたかについて聞かせてください。

「両親はケベックの出身ですが、長い間、ニューヨーク州に住んでいました。僕はアメリカで生まれ、子供時代をそこで過ごしています。ヴァイオリンを習い始めたのは、4歳半のとき。スズキ・メソッド(故・鈴木鎮一氏により開発された音楽教育法。「才能は生まれつきではない」とし、子供が自然に母国語を身につけるように、音楽的な能力も環境次第で伸ばせるという考えが基本)で12歳まで学んだんですが、とてもいいスタートだったと思っています。その後、1976年にモントリオールに移り、モントリオール音楽学院(Le Conservatoire de musique de Montreal)で学びました。専攻はヴァイオリンと室内楽、それから音楽史。音楽史の学位を持っていたおかげで、ライターとしての仕事を始めることができました。最初は、コンサートのプログラムに載せる解説、それから音楽専門誌が数誌、最近はCD作品のライナーノーツの仕事がほとんどです」「ヴァイオリニストとしては、古典とバロック音楽を主に演奏しています。学校を卒業してから、いろいろなアンサンブルに参加したのち、1989年、ジョエル・シフォー(Joel Thiffault)とともにモントリオール・バロック・オーケストラを設立しました。CDも何枚か作りましたし、フランス、イギリス、メキシコ、トルコ、北米各地でツアーを行い、高い評価を得ています」

--- メキシコのクラシック音楽状況というのは、どんな感じなのでしょう? メキシコとバロック音楽というのが、ちょっと結びつかないんですが(笑)。

「つい先月もメキシコ・シティで演奏しましたが、素晴らしいコンサート・ホールがあって、お客さんの数も、モントリオールで演奏するときより多いくらいです。去年は、サルバンティーノ・フェスティバルというラテン・アメリカでは最大のクラシック音楽のフェスティバルに参加して、とてもいい形で受け入れられました。でも、もっと興味深かったのは、トルコでのツアーですね。メキシコでは、ホールの設備も整っていて、お客さんも耳が肥えている。そういう意外な驚きもうれしいけれど、トルコのようなところでは、オーケストラの演奏が生で聴ける機会そのものが限られているので、受け入れられかたが全然違います」

--- モントリオール・バロック・オーケストラの他には、どんな活動を?

「『アンサンブル・アリオン』というオーケストラには、比較的多く参加しています。ほとんど常に、ゲスト・コンダクターを主にヨーロッパから招待する形で、コンサートやレコーディングを行っています。つい最近も、モニカ・ハゲット(イギリスの著名な女性指揮者/ヴァイオリニスト。その独特な個性により、好き嫌いの評価がばっさり分かれる)を迎えて、レコーディングを行いました。ダニエル・テイラーという、注目の新鋭テナーによるヘンデルのアリアも、レコーディングを終えたばかりです。あとは、シュトラウス・ラネール(Strauss-Lanner)アンサンブルというオーケストラで、19世紀のダンス・ミュージックをやっています。ワルツですね。コンサートや、もちろん舞踏会で演奏する。ディナー・コンサートとか。このアンサンブルでも、来年レコードを作ることになっています」

--- お客さんが座って聴いているのと、踊っているのとでは、演奏する側の気分も違うでしょうね。

「どちらも、同じように楽しいですよ。みんなが食べているところで演奏するのは、好きじゃないけど。うるさいからね。(笑)」

--- レコーディングは?

「オーケストラの場合、スタジオじゃなくて、教会とかコンサートホールなどで録音するんですが、変な感じですよね。客席はあるのに、からっぽで人がいない。しかも、せっかく広い音響効果の得られるところでやっているのに、近くにマイクがセットしてあったりする。やり直しもできるしね。スタジオでやるのとは、違うおもしろさはあるけど、コンサートの緊張感とか、エキサイトメントとは比べられません。自分の仕事のなかでは、やはりコンサートで演奏するのが最高。で、次に好きなのが、書くこと。みんなで演奏するのと同じくらい、ひとりでいるのも好きなんです」

--- 好きな音楽に向かうバランスがとれている、ということですね。

「とてもいい状態です。フリーランスのミュージシャンの場合、人に<教える>ことで安定した生活を確保している仲間がほとんどなんですが、僕にはあまり向いてない。何年かヴァイオリンを教えた経験はあるんですけど、必要な資質に欠けていることがわかったんです(笑)。でも、僕には書く仕事があるから、教えなくてすむ(笑)。演奏と執筆。こっちの組み合わせの方が、自分の性格に合っています」

--- 解説などを書くために調べものをして、それまで知らなかったことを新しい知識として取り入れ、その知識によって楽曲に対するアプローチが変わることはありませんか? その知識に影響を与えられ、演奏が変わっていく、というような。

「そうそう。それはありますね。おもしろい部分のひとつです。常にリサーチは必要ですし、書く仕事じゃなくても、いままで演奏したことのない新しい曲をやるときなどは、好奇心をもって調べます。少しでも多く理解できれば、意図しなくても、演奏に深みがでてくるんじゃないかな」

--- クラシック以外の音楽も、お聴きになりますか?

「大事なことを言うのを忘れていました。(笑)僕は、ポップ・ミュージックのバンドにも参加したことがあって、数年間、エレクトリック・ベースを弾いていたんです。ロックとか、ポップとか、ああいうタイプの音楽にはもともと興味がなかったから、よほどアグリーでどうしようもない攻撃的な曲でない限り、なんでもよかった(笑)。ポップな曲であろうが何であろうが、いいミュージシャンと一緒に演奏するのは楽しいし、それが気の合う友だちだったら、なおさらですよね。一晩中クラブで演奏するなんてことは、もう、ちょっと考えられないけど。(笑)子供がいると、そういうのは難しい(笑)」

--- お子さんたちも、何か楽器を?

「10歳の長男はヴァイオリンを1年半やってピアノに転向、7歳の次男はヴァイオリンを習い始めたばかりです」

--- ご自身がそのくらいの年齢には、ヴァイオリンを始めてすでに何年かがたっていたわけですよね。父親として子供たちに機会を与える側になり、何か特に感じられますか?

「母は、すばらしく忍耐強かったなあ、と。(笑)ヴァイオリンっていうのは、特殊な楽器ですからね。子供が扱う場合には、誰かが常にそばにいて、あれこれ調整してやる必要がある。ピアノのように、いつもそこにあって、弾きたいときに弾きたいだけ弾ける、という楽器ではないんですよね」

--- 私もピアノを習いましたが、子供時代に何かやっていたという人はたくさんいますよね。かなり上手な人もいる。そういう人たちと、プロの演奏家になった人たちを、分けるものとは何なのでしょう?

「技術的なものはもちろんですが、どこまでの技術を身につけられるかは、そういった技術を身につけたいという気持ち、音楽を理解したいというある種の<愛>につながっていると思います。そういう愛情があるからこそ、これは難しいとわかったときでも、簡単にあきらめることができない。むしろ、がんばってその対象に、近づきたいと努力をします。子供時代の僕の場合は、両親は励ましてはくれたけれども、決して押しつけるということがなかった。それがよかったんだと思います。才能があっても、プレッシャーによって押しつぶされてしまう人もいますからね」「難しいということを承知の上で、一生懸命練習すると、その音楽の偉大さが本当にわかってきます。音楽のなかに入り込むことができる。僕の場合は、そんなふうにして自然に、室内楽からだんだんサイズが大きくなっていきました」

中・高校生のころ、筆者はブラスバンドに籍を置いていた。なかには上手いのもいるが、技術と呼べるようなものは持たない一団。私のごときは、譜面に記してあることが難しいと、練習してできるようにする代わりに、適当にごまかして吹いたりしていた。そんなクラブ活動でさえ、「指揮者が違うと、こうも違うものか」という経験を何度か味わった。以来、指揮者と演奏者の関係に興味を持っている。演奏者にも、曲の解釈はそれぞれあるはずだ。それが、指揮者の個性とどうぶつかるのか。

「フリーランスの立場で、シンフォニー・オーケストラの一員となって演奏するような場合は、リハーサルの時間も短いし、まずは間違いを犯さないようにと、無難な演奏をするのが普通です。が、たとえばアンサンブル・アリオンでは、個性の強いゲスト・コンダクターを主にヨーロッパから招いて演奏します。すると、同じメンバーなのに、すごく違った印象の音が出る。演奏者たちとコミュニケーションをはかる方法にしても、コンダクターによって言葉で説明する人もいれば、自分の楽器で表す人もいる。譜面に残された音楽を再現するという試みは同じでも、それをどこまで正確になぞるか、フレーズのとらえかたや、スピード感など、違ったアイデアに出会うと、自分の演奏も変わりうる。これは、おもしろいですね。それに、指揮者の要請に従って、それぞれ違ったテクニックで弾かなければならないわけですから、そのために技術も磨かれる。でも、室内楽はまったく違いますね。4〜5人の音楽家が一緒に演奏するという場面では、すべてがもっと民主的です。それぞれのアイデアを出し合って、話し合って決める」

--- ジャズに近い。

「そうかもしれません。オーケストラの場合は、基本的にただ決められた場所に座って、黙って言われたことをやる。(笑)もし、その指揮者がおもしろい人であればいい経験になるけど、そうでない場合でも、指揮者のいうことには従わなければならない。ただ弾くだけ。もちろん、20人も30人もいて、ひとりひとりが主張すれば混乱するだけです。オーケストラは、いってみれば絶対君主制的なところがありますね」

--- ところで、モントリオールのクラシック音楽状況、あるいは環境についてお聞きしたいのですが。

「まず、何よりもこの街には、アメリカ文化とヨーロッパ文化の両方が、バランスよく存在しているという素晴らしさがあります。ポップ・カルチャーについては、アメリカのものに支配されてるけど、少なくとも、他のカナダの街とは圧倒的に違ったものが、ここにはある。ヨーロッパではなく、アメリカでもない。ただ、クラシック音楽のオーディエンスに関して言えば、保守的ですね。年齢層もどんどん高くなっているし、モントリオール交響楽団とか、トラディショナルなところにしか出かけていかない。プッチーニのオペラとかね。<クラシック音楽>というだけで小さい世界なのに、しかも古典的なものとなると、ますます小さくなってしまっています。ただ、おもしろいことに、CDの売り上げはとてもいいんです。多分、聞きやすいからだと思うけど」

--- 聞きやすい?

「そう思いますよ。モーツアルトとか、ヴィヴァルディーとか。まず、曲が比較的短い。20分とか、25分くらい。19世紀のベートーヴェン、マーラー、ブラームスといった作曲家たちの作品は、1時間以上あったりするでしょう。せっかく聴きに行って、半分は眠ってしまっても仕方がない。平日のコンサートなら、次の日には働きに行かなきゃならないんだし。(笑)」

--- モントリオールは、音楽家にとって幸せな場所だと思いますか?

「ラッキーで、しかも努力家である人にとっては。僕のようにね(笑)。音楽家として、裕福になるには難しい街だけど、でも、幸せな場所にはなりうる。僕は、ここにミュージシャンとしていられることが、とても幸せです」




取材・文:関 陽子
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