モントリオールを代表するファッション・デザイナーのひとり、マルセル・デノメ氏は、自身のブランドDV/ Denomme Vincentのチーフ・デザイナーである。1980年、ルイーズ・ヴァンサンさんと共にDVを設立。「キッチン・テーブルで仕事」というスタートから20年、カナダのメンズ・ファッション界に確固たる地位を築いてきた。が、20周年を祝うと同時に、ふたりのビジネス・パートナーはそれぞれ転機を迎える。ヴァンサンさんは、子供とともに過ごす時間を確保するために離職を決断、一方のデノメ氏は、DVの規模を拡大するためにこそ、やはり経営の実務を離れた。今年の春、Denomme Vincentはモントリオール・モード・インターナショナルという会社に経営権を売却、「今後はインターナショナルなビジネスをめざす」という。

キッチン・テーブルからのスタート

「僕はケベックのローレンシャン地方に生まれて、10歳のとき、モントリオールに引っ越してきました。75年にカレッジを卒業し、ブランドをスタートするまでに5年間、いろんな仕事をしましたね。そこでわかったことは、何をやりたくないか、ということ。僕は、いろんなことを少しずつやりたいんだということもわかった。デザインも、パターンを作ることも、ビジネスも、マーケティングも。で、それをやるには、自分の会社を作るしかなかった。実際、会社を経営するという立場になると、中にはあまりやりたくない仕事もあるけど、ひとつの作業ばかりをいつもやっている必要がなく、変化があるというのが、うれしかった」

--- そうして毎日の小さな変化を積み重ね、20年間続けてこられたビジネスに、大きな変化が起こりつつあるようですね。

「長年のパートナー・シップを、昨年12月をもって発展的に解消しました。デザインというクリエイティブな作業をビジネスとして、常に時間と闘いながら行うということ、同時に会社を経営していくというのは、かなりdemandingなんですね。それで、ルイーズは、この先もビジネスを続けていけば、子供(6歳)と十分な時間も過ごせない。もう少し余裕のある生活がしたいと考えたようです。彼女にとっては、ビジネスを成功させることと、理想の生活を実現することとは両立しなかった。そして、理想の生活を求めたんですね。また、同じ頃、モントリオール・モード・インターナショナルから、Denomme Vincentを買収したいという話がありました。彼らがマネージメント、ディストリビューション、マーケティングなど、ビジネスの部分を全部やってくれる。僕は、リサーチをしてデザインし、サンプルを作ることに専念できる。すべてのデザイナーが、夢に見るような条件です。僕の仕事と責任は、良い作品、良い製品をつくることだけ。この新しいビジネス形態については、8月中旬に公式発表したばかりです」

--- 可能性が広がったわけですが、「いろんなことを少しずつやる」楽しみは、激減してしまいますね。

「(笑)話が決まってからこれまでの半年間には、確かに受け入れるのが難しい部分もありました。自分がやりたいことについて、いちいち、お伺いを立てなきゃいけない。それは、けっこう苦痛でしたね。いまはもう、大丈夫です。(笑)」

--- いわば、プロデューサーが変わったことにより、デザインそのものにも変化が見られるようになるのでしょうか?

「20年前にデビューして、お得意さんとともに成長してきたわけですが、ということは、年もとっている(笑)。どこかで、変えていかないと、継続できないことは明らかです。新たに迎えたアシスタント・デザイナーは20歳。今後はよりフレッシュでモダンなものをやっていくつもりです。最初の頃に戻った感じ。最初は<やりたいこと>をやっていたけど、やがて客層を意識して<こうするべきだ>というのが出てきた。これからはまた、自分のやりたいことをやります。こうありたい、というブランドにしていく。結果として、お客さんには喜んでもらえると信じています」「たとえば、これまでは、シーズンごとに12種類のジャケットと12種類のパンツを作り、バイヤー向けの展示会を行ってきたとします。その際、生地の見本を用意して、この生地で、このデザインの服を作ることもできますよ、と、需要に柔軟に対応できる姿勢も見せてきた。でも、これからは、もっと少ない点数で、しかも『このデザインで、この生地』という強気でいきます。それ以外の組み合わせは認めない。いままでのように、彼ら(バイヤー)にアレンジさせるようなことはしません」

--- 顧客層としては、どのあたりを想定しているのですか?

「20代後半から45歳くらいまでの、おしゃれな人たち。ここ数年、コンピューターやインターネット・ビジネスに携わる人たちを代表として、新しいタイプのビジネスマンが出てきています。若い人たちのメンタリティーが、変わってきている。そういう彼らに、特にふさわしい服だと思います」

---「モダン」という言葉を、どのように定義していらっしゃいますか?

「この言葉が意味することは、多いですね。たとえば素材。最近のファッションにおいては、素材の流行も大きな要素です。インテリジェント・ファイバーと呼ばれる新素材がある。紫外線から肌を護るとか、形状を記憶するとか、そういう技術を取り入れた素材で、興味深いものがたくさんある。これは、モダン、ということの一部ですよね。モダンであるためには、こうしたものを取り入れていく必要がある。フィット感も変わってきています。いまなら、丈は短く、肩幅は狭く、といった、そのときどきの形があります。ただ、僕の場合はいずれにしても、やりすぎないように心がけている。クラシックなスタイルをもとに、それをちょっとひねった感じ、というのが目指すところです」

--- ファッションに限らず、飽きの来ない良い作品というのは、伝統を大事にしているような気がします。

「Denomme Vincentを買ってくれるお客さんに自信を持って言えるのは、今シーズンに着た服を、来シーズンも、来年も、また着ることができるということ。とにかく、エレガントなものを作りたい。1シーズンが終わったら、古さを感じてしまうような服は見たくもない。あまりにも流行を追ったスタイルは、店頭に並んだ時点ですでに終わっています。それは、僕の意志に合わない」

--- 個人的に、一大転機を迎えていらっしゃるわけですが、ちょうど今年は西暦2000年。来年は21世紀を迎えるというタイミングでもあります。そういう、私たちみんなが通過中である世紀の終わり、始まり、といったようなことを、デザイン上、意識することはありますか?

「メンズ・ファッションに関しては、通常の新しいものを探す態度以上に、何かを模索しているところはあると思います。たとえば、仕事にはスーツ、という決まりが崩れはじめている。スーツそのものは、ずっと存在していくだろうけれども、セーターを着るような感覚で着られるスーツ、といったものが必要になってくるでしょうね」

ファッションのあるべき姿

80年代には、日本のデザイナーが次々に海外に紹介され、高い評価を得、注目を浴びた。「最近は、全然、噂も聞かなくなってしまったけれど、どうしたんだろう?」とデノメ氏は言う。最近の日本のファッション状況を私の知る限りで話すと、「僕のほうがインタビュアーだね」と笑いながら、興味を示した。

「僕の意見では、ファッションのあるべき姿、というのを日本のデザイナーたちは実現していた。夢を実現していた、といってもいいね。クオリティ、細かいディテール、イマジネーション、すべてが本当に素晴らしかった。僕自身も松田(光弘/ニコル)の服をいくつか買って、とても高かったけど(笑)とても気に入っていました」

--- カナダのファッションについて、お聞きしたいのですが。やはりトロントがその主流・中心なんでしょうか。

「トロントには、たくさんのデザイナーがいますし、才能のある人たちも確かにいます。トロントとモントリオールを比べるようなことはしたくないけど、ただ、どちらの都市にも同じように才能のあるデザイナーがいて、同じようにデビューの機会を与えられたとすると、トロントのほうが商業的な成功が得やすいというか、続けていくための資本が確保できるというところはあると思います」「カナダのファッション・ビジネスは、モントリオールから始まっています。カナダ全域に流通する服飾商品の60パーセントは、ケベック州で作られ、プロデュースされたものです。モントリオールに足りないのは、資本(投資)と、縫製を担当する人(seamstress)たち。誰ももう、縫製の仕事をやりたがらない。圧倒的に人材が不足していて、規模を広げようとすると、その問題に突き当たってしまうんです。結局、必要に迫られて、残念なことに他の地域へ発注しなければならない。でもそうすると、クオリティの管理が大変です。北米は、縫製の技術とその質を重んじる態度については、ほめられたものではありませんからね。イタリア、フランス、日本では『いい仕事をしよう』という意識が高いけど、ここでは、スピードが重視されるでしょ。質ではなくて、量なんですね」「でも、世界的に成功しようと思ったら、質を重視することが最も重要です。顧客が、値段にみあうだけの価値を求めるというのは、シンプルなこと。質に対するこだわりをみせなければ、そのブランドは消えていくでしょう。あるいは若い層を狙って、安価なアイテムを提供するという方法もありますが。1シーズン着て、それで終わりと、作り手と受け手の両方が納得しているようなブランドも、それはそれでありだと思います」

 筆者は、洋服の着心地の良さとは、気持ちの問題でもあると考えている。コットンや麻の涼しさが素肌にふれて気持ちがいいとか、寒い冬を越えさせてくれる暖かいウールのセーターに感謝するとか、シルク・サテンのなめらかな輝きに、つかの間の贅沢を味わうといった感触は、体が知ること。気持ちの問題というのは、たとえば、その服を着ると気持ちが引き締まるとか、常にない自信が感じられるとか、何かいいことが起こりそうな予感がするとかいった「特別な気分」が与えられることだ。手に入れた洋服が、それ自体素晴らしい作品で、しかもそれが自分の体にぴったりフィットし、似合っているという実感が得られたときには、私はとても充実した気分になる。ブティックの試着室で、「これだ!」とすっかり満足し、高価であることを認識しつつ手に入れた服のいくつかは、それから10年、20年たった今でも、身につけるたびに普段とは違う緊張感を与えてくれる。「僕にもいくつか、それを着るととても気分がいいというのがあって、大事な日にはそれを着るようにしている」と、デノメ氏は言った。それを自分で作ることができる、というのは、本当に幸せなことだと思う。

モントリオールのクオリティ・オブ・ライフ

たとえ、インターナショナルな成功が得られたとしても、「僕は、モントリオールに住んでいたい」と彼は言う。「世界中を旅することはかまわないけど、住むのはここ。他は考えられない」カナダに住んでいる唯一の理由は、その場所がモントリオールであるということ。この街がなければ、カナダにはいない、と断言。「うれしいのは、ここ数年で、モントリオールが活気を取り戻していることです。90年代はじめの不況の時期には、自分の愛する街がインスピレーションを与えてくれなくなったことが、とても悲しかった。この街のために嘆いていました。でも、また動き出した。すごくうれしい」「僕はこの街を誇りに思うし、この街が生み出した才能のある人たちを、誇りに思う。他の国から来た人たちが、ここへ来て、気に入ってくれるのもうれしいね」

 パリという街は大好きで、本当に美しいと心から思う。また、メンズ・ファッションのメッカはイタリアだろう。ニューヨークや東京はとても刺激的だ。でも、ではその街に住みたいか? というと、まったくそうは思わない。「妹は早いペースが好きでパリに住んでいるけれど、僕のスピードにはモントリオールが合ってる」モントリオールに住む人たちが好み、またひんぱんに口にする言葉、「クオリティ・オブ・ライフ(カリテ・ド・ヴィ)」を、彼もまた1時間ほどのインタビューの間に、何度も口にした。「まずは、居心地のいいスペースが必要。それに僕は釣りが好きだし、ゴルフも好き。東京やニューヨークでは、億万長者でなければできないような生活が、ここではできる。35ドルで1日ゴルフが楽しめるし、別荘にセイル・ボートも持つことができる。これは、譲れないものですね。スポーツは好きで、サイクリング、ゴルフ、水泳、スカッシュ、ボート、ジョギング、いろいろ楽しんでいます。文化的なものでは、ここのところ、オペラが好き。半年くらいのペースで、何かに凝って、また次、というようなことを楽しんでいます。オペラの次は、美術館巡りとか。クオリティ・オブ・ライフを実現するにあたって、仕事は、あくまでも生活の一部です」

 と、ここまで聞いて、私は尋ねた。その「クオリティ・オブ・ライフ」を実現するにあたって、最も大切なこととは、何でしょう?彼はしばらく考えた後、私の目にしっかり焦点を合わせて言った。「幸せを感じられること。自分に対して、正直であること」。仕事が嫌いなら、やめればいい。自分にも、他に対しても、正直であることがすべてを導く。「人生は素晴らしい。ほんとに、そう思うよ」

 彼が将来、レディースものも作る気になってくれないかなあ、と密かに私は期待している。


取材・文:関 陽子
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