モントリオールに住む前に、ときどきここを訪れる機会があった。そのたび、私は新聞を買い、何が起こっているかを知ろうとした。当然、社説と同じページに掲載されている政治漫画、あるいは風刺漫画と呼ばれる作品にも興味が向かう。世間で起こっていることと、それに対する人々の反応をわかりやすく理解するのに、これほどの材料もないからだ。「Canada's nastiest cartoonist」を、自他ともに認めるテリー・モッシャー氏は、Aislin(実は娘さんの名前)のペンネームで、The Gazette紙に描き続けて30年以上。政治に限らず、モントリオールで起こる様々な出来事に、常に目を光らせている。The Gazette本社のオフィスに、彼を訪ねた。ドアには「検査室」という表示があった。

-- 毎日、どのようなスケジュールでお仕事をなさっていますか?

「情報を得ることが最も大切な仕事なので、毎朝、7紙の新聞を読み、ラジオやテレビのニュースを確認します。材料を選択するにあたっては、常に受け手の一歩先を行っている必要があるため、できるだけ多くの情報を集めます。また、モントリオールというのは、たいへん多角的な性格を持った街で、同じひとつのできごとに対する人々のリアクションもさまざまです。ですから、素材選びには気を使いますね。題材が決まったら、アイデアをまとめて描き始めます。通常は、編集者が午後5時か6時には家に帰るので、私もそれまでに仕上げます。何か大きな事件があったり、選挙など特別なときには、夜の10時半、11時まで、締め切りを待ってもらえます。まれにですが、いったん仕上げて帰った後、新しいニュースが発生して、仕事場に戻って描き直すこともありますね。常に締め切りに間に合わせるというのが、この仕事の最も難しい部分です。毎日、毎日、時間に追われながら、興味や熱意を維持することがね。クリエイティブなフィールドや、ジャーナリズムの仕事は何でもそうだと思いますが、好奇心と情熱を失ったら、作品もつまらないものになる」

-- カートゥニストという職業に、もともと興味をお持ちだったのですか?

「おもしろそうだとは思っていました。でも、地図もガイドもなかった。美術学校は出ても、後は自分で切り開いて行かなければならない。美術の場合、弁護士や医師のように、勉強したことがそのまま仕事につながる、というわけにはいきませんからね」

戦時中に「たまたま」オタワで生まれ、モントリオールとトロントで育ち、ケベック・シティにも住んだ。父親はライターで、仕事の都合と、ロマンを求める生きかたのせいで、住まいを何度も移した。そのため、モッシャー氏は、10代の半ばまでに14もの学校を転々としたという。「カナダのカートゥニストになるための、すばらしいお膳立てができていたといえます」

-- 最初の作品とは、どんなものだったのでしょう?

「1976年、ニューヨークのロック&ロール雑誌に掲載されたのが最初です。アメリカの政治家を風刺したものですね。当時は、政治については何も知りませんでした。でも、政治を風刺する漫画を描くためには、政治にくわしくなければならないか、というと、そんなことはないとすぐに気がつきました。政治に対して、一般の人々と同じように反応することが重要なんです。あまり政治をわかりすぎると、ふつうの人々の視線を失います。

その後、モントリオールに戻ったときには、ニューヨークでの実績があったおかげで、順調にキャリアを再スタートさせることができました。アクティブな時期で、今よりたくさんの印刷媒体がありましたし、いろんな新聞に作品が掲載された。とても恵まれていたと思います。今の時代に始めようとしたら、もっと難しいでしょうね」

--  30年以上もの間には、困難なこともあったかと思われますが。

「長く続けているうちに流れのようなものを感じて、それに乗っていくことができるようになります。たとえば、世の中が落ち着いていて、注目すべき政治的な動きもないと、材料がなくて困るわけですが、そういうときは「何も描くことがない」ということをテーマにすればいい。個人的にはもちろん、いっぺんにいろんなことが起こっている状況の方が好きですけどね」

-- カナダの政治はユニークですよね。

「まさにユニーク。世界中で、我々(カナダ人)以外の誰も理解していない。我々自身もときどき混乱する。(笑い)アメリカ人に、カナダの政治を説明しようとしてごらんなさい。2分以内に眠ってしまいますよ」

-- カナダ、ケベック、モントリオール、それぞれに対する思いを簡単にお聞かせ願えませんか?

「私はカナダ人であり、ケベック人であり、北米の人間である前に、まずモントリオーラーです。ここは本当にすばらしい街ですよ。ただ、モントリオールはおもしろいけれど、理解するのが難しい街でもある。北米の都市の中でも、最も多文化、異人種が共存する街のひとつであることは言うまでもなく、テクノロジカルな部分でも、常に変化が起こっている。ほとんどの人が考えているより、「実はエキサイティング」な街だと思いますね。

 ケベックとカナダについて言うと、政治的に隠された事実というのは、カナダが分裂しているわけじゃない、ケベック州が分裂してるんだ、ということ。モントリオールと、それ以外の場所とにね。で、モントリオール以外の地域に住む人々は、モントリオールを信用していないようなところがある。コスモポリタンな社会の現実を実際に把握することができないために、保守的になっているのは仕方がないかもしれないけれど、非常に保守的で、ときには心が狭いとさえ感じてしまいます。ケベックが、独自の文化を失うのではないかと神経質になっているのはわかる。ケベックをケベックとして存続させるために、フランス語を守るのが重要だということもよく理解している。そういう意味では、Bill 101も認めています。ただ、問題はその実践のしかたにある。実にばかばかしい、私にとってはワンダフルな(笑)方法でやってくれる。すばらしい材料を提供してくれます(笑)」

-- 描かれた側の政治家などから、反応がくることはありますか?

「彼らは非常に慎重です。彼らが誰かにもらした感想が、巡りめぐって私に届くことはありますが、直接、というのはほとんどありませんね。下手に反応すると、それをまたネタにされてしまう(笑)風刺、というのはテストです。描かれた相手が、どれだけ自分を笑い飛ばすことができるか。ただし、私は、仕事と個人的な感情は分けています。これは重要なこと。たとえ、作品で誰かを批判したとしても、個人的にその人を攻撃しているわけではないんです」

-- どのような感情にインスパイアされて作品が生まれることが多いのでしょう?

「キーワードは、decencyです。謙虚であること、真摯であること、と言いかえてもいい。私は、人々がお互いによいことをして、まじめに仕事をしていれば、相応の世の中になるはずだと信じています。ところが実際には間違いが多く、傲慢がはびこり、それが怒りを生みだす世の中。そのことが、許せないという気持ちにさせる。たとえば、表には出てこない大多数の政治家たちは、それぞれのベストをつくしていい仕事をしている。でも、いい仕事をしている人は、風刺漫画にはならないんですよ。本来は、すべての政治家がそうあるべき。でも、実際は、彼らの多くが同じ間違いを何度も何度もくりかえし、権力をかさにきて、傲慢になっている。それで私も、同じような漫画を何度も何度も描くことになります。でも、風刺精神と怒りの感情は別のものです。

 フランシス・ベーコンの言葉で、「しょっぱさは、苦みよりはまだ好まれる」というのがありますが、怒ってしまったら、人は離れていく。場合によってはまれに許されることもあるでしょうが、苦い味の作品は嫌われます。子供たちが学校で先生にいたずらをして、どこまでは大目に見られて、どこからが許されないかを試してみるように、私は風刺漫画というのは、社会の寛容さの度合いをはかるものだと思っています。フロイトは、健全な個人は何者も完全ではないことをよく知っていて、自分の間違いも笑って認める。自分をバカにしたりもできるというようなことを言っていますが、それを社会という単位で考えて、どこまで笑い飛ばせるか。カナダは、そういう意味では、悪くないですよ。かなり寛大です。同じことをやったら、処刑されるような国も世界にはある。私がルイーズ・ボードワン女史(Bill 101の執行官)を描くように、サダム・フセインを描けるか?もちろんNO! です(笑)」

ところで、モッシャー氏は野球の熱心なファンでもある。北米大リーグのBaseball Hall of Fame(殿堂入り)にふさわしい選手を選ぶ投票権まで手にしているほどだ。そのような野球のファンとして、モントリオール・エキスポスに伊良部投手が加わったことについては、「ここでもまた、マルチ・カルチャリズムが進んでいるわけで、すばらしいことだと思います」という答え。「彼は実際、いい選手だしね。ニューヨークより落ち着いてプレイできるんじゃないかな」

-- 最後に、これを読んでいる人たちに、メッセージをお願いします。

「モントリオールは、観光ガイドで得られる情報を超えてはるかに複雑な街です。そして、最もおもしろい作業のひとつは、その隠された魅力を発掘すること。モントリオールでは、車でも、歩いてでも、自転車でも、とても快適に動き回れる、幸いなことに巨大すぎない街です。私は自転車に乗るのが好きですが、ニューヨーク・タイムズが、北米のサイクリングのメッカとしてモントリオールを選んでいるんですよ。北米で最も多く、長いサイクリング・コースを確保しているのが、実はモントリオールなんです。1年のうち5ヶ月ほどの間は、街じゅうを自転車でめぐり、観察することができる。自転車で走りながら、次々に違った個性のエリアを通り過ぎ、おなかがすけば、安くて気取らないレストランがたくさんある。みんなが気さくに話しかけてくる、おしゃべりな街でもある。そして、安全です。また、ニューヨークやボストン、トロントなどに、簡単にアクセスできる位置にある。ニューヨークまで飛行機では1時間足らずだし、電車で9時間かけて行くなら、往復50ドル(US)ですみます。一方、美しい自然を満喫できるカントリー・サイドにも近い。知性的、芸術的に才能のある人々、世界的にも影響を与えている人たちも、モントリオールにはたくさんいます。ダイナミックな都市だと思いますよ。私は、モントリオールが他の都市に比べて、betterであるとは言いません。でも、すでに海外の知識があって、好奇心が旺盛で、洗練された感覚を持っている人にとっては、楽しめる街だと確信しています」

Habita '67に住み、車なら5分、自転車で15分のオフィスで仕事。毎週金曜日には妻とともに必ずサン・ドニのカフェに出かけるという「ダウンタウン・パースン」。彼は「I'm a big fan of Montreal.」と言った。「でも、からかうのはやめません」と。

The Gazette紙のウェブ・ページ版にもその日の作品が掲載されています。
個人ホームページはこちらです。


取材・文:関 陽子
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