北米にはアーティストたちが集まって委員会を結成し、国や地方自治体などから助成を受けながら非営利に運営しているギャラリーが数多くある。それらはアーティスト・ラン・センターと呼ばれ、カナダの現代アートシーンにとっては美術館やコマーシャルギャラリー(営利目的のギャラリー)以上に重要な役割を担っていると言われる。

 美術館が既に大物であるアーティストのみを扱い、コマーシャルギャラリーが作品の内容そのものよりも売れる作品であるかどうかを焦点にアーティストを選ぶのに対し、アーティスト・ラン・センターではアーティストから送られてくる展示会への申請書を、原則的に10名前後の委員で審査し選出する方法がとられている。選ばれたアーティストには比較的長い(通常約1ヶ月)展示期間とアーティストフィー(制作援助金)が与えられ、無名や発展途上のアーティストにとって非常に恵まれたチャンスとなることは言うまでもない。更にプロモーションやポスター、DM、カタログの印刷までサポートしてもらえるので、作品制作に集中して取り組むことが可能となる。70年代に始まり、今日もアーティストの登竜門あるいは発表の場としての目標そのものとなっているアーティスト・ラン・センターは、今まさに生み出されているコンテンポラリーアートを目にすることのできる場所と言えよう。

 今回訪れたARTICULEはモントリオールに約10あるアーティスト・ラン・センターのひとつで、今年の夏にMile Endに移転し広々としたギャラリースペースを確保している。Fairmount通りに面した大きな窓からギャラリー内を覗くことができるので、日頃アートに縁の薄い人達にも興味を持ってもらえるのではないだろうか。運営委員や職員のみなさんはとってもフレンドリーで、私は思わずボランティアに登録してしまったほど。

 10月20日から12月3日まで展示を行っているのは、ベルリンとトロントを拠点とし、ヨーロッパ、カナダ、韓国で活躍するヘレン・チョウ。‘PANGEA ULTIMA’という展示会タイトルに惹かれて彼女のアーティスト・トークに行ってみた。
*パンゲア・ウルティマとは今から約2億5千万年後に形成されると推定されている巨大大陸の仮称。

 会場に入って右手の壁には、フェイクレザーにボールペンで描かれた、イタリア名画から抜粋の馬上の騎士の決闘と、その手前に立つ骨のこん棒を手にした猿人のドローイング。とてもボールペンで描かれたとはおもえない細やかで美しいテクスチュアに感嘆させられる。床面に敷かれたゴムマットの上には17個のサッカーボールが、それを構成する素材をさらけ出され、引き剥がされ、縫い合わされ、いびつに形を歪めて、爽やかなスポーツのイメージとは程遠い姿と成り果てて転がされている。その無造作なボールの作品‘SlowlySlowly’とは対照的に、左側の壁には真新しい格闘技の帯が全9色揃って整然とストライプを描いている。

 ヘレン・チョウはそのトークの中で、男性的な原理や象徴を示すモチーフを女性である彼女が作品として作り変えることを「興味深いと思う」と述べるにとどめたが、やはりこの点が今回の展示の最も重要なコンセプトであるに違いない。男性的なモチーフが彼女の手にかかって本来の意味を失い、中性的な作品として生まれ変わるとき、人類の進化発展にとって不可欠だったであろう敵対心や競争心、そしてそれらの攻撃性が生み出してきた様々な問題もその意味を失う。そして新しい進化への歩みを(たとえそれがどんなにゆっくりしていようとも)始めるべき時が来ていることを、チョウはこれらの作品によって示唆しているのではないだろうか。そう考えると疑問でならなかった‘PANGEA ULTIMA’という言葉がこの展示のタイトルとしてしっくりとくるように思えるのである。  

文:本田 恵生
ギャラリー:ARTICULE
所在地:262 Fairmount OuestJean-ManceParcの間)
スケジュール:月〜日:12時〜17時
電 話:514-842-9686
ウェブサイト:www.articule.org
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