ようやく心地よい季節が訪れ、街のカフェやパブのテラスも次々と解禁されるようになったモントリオール。路行く人々の表情も喜びに満ちている。さて、今回ご紹介する「アメリカ大陸演劇祭(通称FTA)」は世界的にも注目されている国際演劇祭。フランスの「アビニョン演劇祭」(7月)やスコットランドの「エジンバラ演劇祭」(8月)に先駆け5月末から6月初めにかけて開催される。

アメリカ大陸演劇祭 (Festival de theatre des Ameriques)
期間:5月22〜6月8日
場所:Theatre Maisonneuve, The Monument-National, Usine C 他、全12カ所

 「アメリカ大陸」と銘打たれているとおり、地の利を活かしてベネズエラやペルー、アルゼンチン、メキシコなど南米の作品が常にプログラムに組み込まれているのがこの演劇祭。ヨーロッパ系と北米系、アジア系などと大きく括られがちだが、そこから少し外れたところで異彩を放っているのがこの南米。例えばその昔、詩人・演劇人アントナン・アルトーやD.H.ロレンスらヨーロッパ人が、異なる精神世界を求めてメキシコを訪れたことにもその魅力は伺える。今年もボリビアやコロンビアから出品されている。また、もちろん南米やケベックの作品に限らず、カナダ西部やヨーロッパの作品群も豊富だ。先回上演されたフランスからの太陽劇団の作品など代表的だ。ちなみに「FTA」は隔年フェスティバルだが、偶数年には同じスタッフ勢による「テアトル・デュ・モンド」が開催される。

 今年の筆者のお勧めは、サラ・ケイン作『Purifies(英語タイトルCleansed)』(ポーランド)とロドリゴ・ガルシア演出『After Sun』(スペイン)。前者の作者ケインの作品はヨーロッパですでに注目を浴びるようになって久しい。28歳にして自ら命を絶った著者の、衝撃的であり普遍的にも思える内面世界は必見。アルゼンチン出身のガルシアは人間や動物の本来の動作に注目。挑戦とショックの連続といわれる、過激な作風をもつ。この二作品に宿るのが暴力性。それはやはり人間の本性なのだろうか?いずれにしろ、観る者の潜在意識を呼び起こす作品だ。

 他にもちょっと、いや、かなり変わった作品もある。夜通し演劇体験を提案するForced Entertainmentによる『And on the thousandth Nignt』(イギリス)。大劇場にて一晩中語られる幽霊話、恋愛話、世間話の数々。まくらとテディベア持込可。徹夜した観客と役者たちへの朝食サービスあり。また、上演時間8分38秒という世にも短い演劇作品『Tragedie microscopique, Opus17』はミニチュア劇。舞台面積わずか40センチ四方。ミュータントたちの世界を怖いもの見たさで覗いてみては?

 期間中、エキセントリスにて、出品作品関連のドキュメンタリーも上演される。

 さて、今年の「FTA」も見逃せない作品が目白押し。国際的に評価されているケベックの演出家勢の作品も楽しみだ。何といっても目玉はケベック演劇界の鬼才、ロベール・ルパージュ演出『La Trilogie des dragons』。この作品、実は1987年の「FTA」の若手演出家枠で上演されており、当時、『ドラゴンズ・トリロジー』として来日公演もしている。そして今回、新たなスタッフを招いての再制作が実現した。照明デザイナー西川園代もそのスタッフの一人。ちなみに同氏は、同演劇祭出品のブリジット・アンキャーンズ演出『L'Eden Cinema』の照明デザインも手がけている。

 ここからは、Usine d'ALSROMという街の外れの工場で上演されている『ドラゴンズ・トリロジー』の観劇体験を綴りたい。まず、自家用車のない筆者の工場までの道のりは長かった。シャルルボワ駅に着いて乗ろうしたバスは、行列が途切れないまま目の前で扉を閉めて去っていった。次のバスは30分後。開演10分前に到着することになる。しょうがない、と人々に混ざって歩き始める。簡単な地図しか手元になく、本当にこの方向でよかったのかとふと思ったころに、後ろからある学生風の男性が「まったく、満足なバスの本数もなくてどうしろっていうんだ」なんてぶつぶつ言いながら追いついて来た。さっきもバス停で集団で待っていたのはすべて学生風の人々だった。そうか、ルパージュの作品の客層にはこういう人たちもいるのか、と意外に思っていたところだった。結局、目的地までの道をともにした学生さんはケベック大学モントリオール校演劇科の第一課程を終えたところで、マスターコースに進もうと決めているということだった。好奇心からいくつか質問をしてみた。とにかく、ルパージュの作品を観るように大学で進められるのだそうだ。特に、『ドラゴンズ・トリロジー』は名作として語り継がれている。「演劇創作のどんな役割を担っていきたいか」という質問には、すかさず「脚本」という答えが戻ってきた。「ケベックの脚本家で好きなのは?」と聞くと、「うー、いろいろいるよ、ノルマン・ショレットに、ミシェル=マーク・ブシャールに…」。果てには彼の世代のケベックの人としてのカトリックに対する認識などなど。そうこう話しているうちに30分が過ぎ、ようやく「FTA」の貼り紙が見え始めた。だだっ広い駐車場を横切り、さらに迂回してたどり着いたところに現れた巨大な工場。中に入ると、おびただしい数の人々がざわざわと話し込んでいる。時間が来て、その奥にあるスペースに入り込む。通常の二倍は高さのある天井、むき出しの窓や壁。両脇に別れた客席の間には砂庭が広がっており、そこで物語が展開する。

 あの徒歩の30分間で今回の観劇がすでに始まっていたような感があったので、ずいぶんと紙幅を割いてしまった。ここで当作品のストーリーを簡単に紹介すると、ケベックシティや他のカナダの都市に見る中国系、日系の移民、そしてそこに関わるケベックの人々の運命が交差するドラマだ。いわゆる、東洋と西洋の出会い。1930年代から始まり、年代別に緑・赤・白の3つのドラゴンの名がつけられた3編からなっている。休憩も入れて約6時間の大作だ。

 この作品を観るのに、アジア人としての視点をぬぐうことはできない筆者であった。欧米系のイメージする日本といえばまず、富士山、サムライ、芸者。そんな典型的なイメージを87年当時、ルパージュは抱いたままに表現した。劇場で隣に座っていた演劇学校の学生さんが言っていた。「私はアジアの国に行ったことがない、どんなところかイメージも持ちかねる」。そして「ケベックのローカルなジョークやエピソードがこの作品には散りばめられている」と、観劇中、何度か爆笑していた。そんな人たちが見るルパージュのイメージした日本そして中国。この作品は個人のエキゾシズムを率直に視覚化したものだった。いや、もう一歩つっこんで、イメージを登場人物に投影することで新たな人物像を創りだしたというべきだろう。それはそれで興味深い。ただ、『ティファニーで朝食を』だったか、どうみてもエセ日本人でしかない「日本人」、黒ぶちめがねで神経質そうな登場人物がいたが、そんな頃と西洋の東洋知識は大して変わっていないのではないかと驚きさえ覚える。確かにゼン(禅)とか箸とか、和風ブームではあるけれど。でも、確かに私たちの取り入れている西洋方式だって、我々の文化に適応させている。いずれにしろ、自分なりのイメージを破りつつ、真に異文化を理解しようと先に進む人々は一握りなのかも知れない。また、現代は特にグローバリゼーションの波、いわゆるアメリカナイズが世界にはびこる一方で、真の日本の姿はますます隠されてしまうのではないか?などと、カナダという移民の国に居をかまえる一人として、異文化で生きるということについて改めて考えさせられる作品だった。


6月4日〜6月8日 The Mondial de la biere (HP)

6月10日〜6月22日 Montreal First Peoples' Festival (HP)

6月7日〜6月28日 The Montreal Chamber Music Festival (HP)

6月12日〜6月14日 Sensation Design, The Montreal Fashion & Design (HP)

6月12日〜6月15日 Nuit blanche sur tableau noir - The Visual Art Event in Montreal (HP)

6月12日 〜6月22日The Saint-Ambriose Montreal Fringe Festival (HP)

6月13日〜6月15日 Grand Prix Air Canada (HP)

6月21日〜7月30日 International Fireworks Competition (HP)

6月19日〜6月22日 Main Madness (sidewalk sale) (HP)

6月20日〜8月19日 La Plage des Iles (open beach at Parc Jean-Drapeau) (HP)

6月20日〜10月6日 Mosaiculture International Montreal 2003 - Myths and Legends of the World (HP)

6月23日〜6月24日 Quebec National Holiday - Nighttime parade, etc (HP)

6月26日〜7月6日 The Montreal International Jazz Festival (HP)

6月27日〜7月27日 Festival de Lanaudiere (Joliette) (HP)

6月29日〜7月1日 Canada Day "Celafete" (HP)

通年 And then there was lignt - Notre Dame Basilica (HP)

表紙・文中写真:Purifiesより
取材・文:広戸優子
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