先日、ある大学のフリーペーパーの打ち上げパーティに行ってきた。そこで、先月号で取材したSt Patrick's Basilicaに書いたアイリッシュ版、緑のもじもじくんに偶然に会ってしまった。もちろんその日、彼は全身緑のタイツを着ていたわけではなかったが、なぜかハロウィーンを目前にしてSt-Patrick's dayの話で盛り上がってしまった。その彼いわく、Victoria Bridgeの近くに石碑があり、それをIrish Stoneと呼んでいると言う。

 Victoria Bridgeというと、車の運転が下手な人は絶対に橋から落ちるのではないかと心配するくらい幅が狭く、初心者ならなるべく避けたい橋である。僕もよくわからないから調べてみてよ、と押し付けられた私は半信半疑で調べてみると、とても興味深い話が見つかった。Victoria Bridge建設の際、1847年から48年にかけて移民したアイルランド人の遺体が見つかり、大騒ぎになった。その多くが船の中でチフスにかかって死んでいった人で、約6000人もの人が新しい土地と希望の前に死んでいったそうだ。その歴史を偲び、橋のそばに石碑を立て、それがもじもじくんが言っていたIrish Stone、というわけだ。

 私もまだ見たことがないので機会があれば、自称・車の運転がうまい、と言っている友人の肝試しついでに連れて行ってもらおう、と思っている。余談が長すぎたが、今回は前回のアイルランド人の教会に引き続き、モントリオールのスコットランド人の教会で、スコットランド連隊のThe Black Watchの教会でもある、Church of St-Andrew and St-Paulである。

  スコットランドで思いついたのは、ネス湖のネッシー、映画「ブレイブハート」とウィスキー、そして、ニュースコットランドという意味のノバスコシア 州、とかなり貧弱な発想である。そんな知識のない私だが、この教会の公式Webサイトを見て下調べをした後、次の日の日曜ミサに行くためあっという間に眠りについた。が、次の日、しっかりと朝寝坊してしまう。

 この教会は夏の間は週日開いているのだが、冬の間は日曜礼拝以外、閉まっている。慌てて飛び起き、教会に駆けつけると、案の定閉まっていた。困っているとちょうど教会裏の出口から人が出てきたので事情を話すと快く中へ入れてくださった。どうも私は運がついているようだ。

 エメラルドグリーンの素敵な目のアイルランド系カナダ人の彼女は、教会の日曜礼拝のミサの聖歌隊の一員だった。裏の入り口から入り、迷路のような狭い 通路を通っていくと、教会堂の内陣裏手に出た。教会内はかなり薄暗い。礼拝席の通路に沿ってBlack Watchの黒い旗とふるいユニオンジャックがずらりと並んでいる。さっそくスコティッシュケルトのケルト十字を探しに教会内をうろうろしていたのだが、見つからない。彼女に聞いてみると、ケルト十字はミサの間にしか飾らないそうだ。このケルト十字が見たくてやってきたのもあって、とても残念だった。やはり朝早く起きるべきだった。

 ところでこのケルト十字とは、十字の合わさるところに丸い輪がついている十字架で、ケルト民族を祖先にもつアイルランドや、スコットランドの教会でよく見ることができる。キリスト教 が伝わる以前、ケルト人は自然に宿る神を崇拝する独自の信仰を持っていた。イギリスのストーンヘンジに代表される石柱信仰もそのひとつだ。(でもスト ーンヘンジを建てたのはケルト人以前)聖パトリックがアイルランドでキリスト教を伝道する際にこの石と十字架を組み合わせて ”ケルト十字”として布教活動を行った。そのため、背の高い石柱に丸い輪がクロス部分についている石造十字架がスコットランドやアイルランドでよく見られる。

 教会内は、ケルト文様などが壁のモチーフなどになっているのかな、と思ったらそうでもなく、いたってシンプルな装飾をしていた。しばらく写真を取ったり、メモを取ったりしていると、案内してくれた彼女が、入り口の入って左側にあるステンドグラスを指して、これはカナダを意味するステンドグラスなのよ、と教えてくれた。青い服を着たマリアに子供のキリストと、インディアン・イヌイット・毛皮商人が書かれたステンドグラスである。

 この教会のステンドグラスは同じ人がデザインしたのではないようで、2種類のスタイルが見られる。一つはちょっと幾何学的ぽいデザイン、そしてもうひとつは絵画のようなペインタリーなデザインだ。

 さらにステンドグラスを見ていくと、以外な所にネッシーに関するものを見つけてしまった。教会の壁を飾るステンドグラスに描かれていた St.Columba of Iona(聖コロンバ)である。ネス湖のネッシーを最初にとりあげたのは、なんと西暦565年に書かれた聖コロンバ伝という古い本だ。その中にネス湖に住む怪獣を退治したという記録がある。当時はもちろんネッシーなんて名前はついていないはずなので、無理やりこじつけたような気もするが、今のとこ ろその本がネッシーに関する記録で最も古いとされている。この聖コロンバはスコットランドにキリスト教を布教した最初の伝道者で、スコットランド教会ではとても大切な聖人の一人だ。

 帰り際、彼女は教会の歴史やミサの案内が書いたパンフレット、スコットランド人コミュニティー活動のスケジュールを一通り私にくれた。そしてその横にあったかごに詰まれた赤い花のバッチをひょいっと取り、胸につけて、教会を後にした。この赤いポピーは、11月11日のRemembrance dayのシンボルである。1915年、第一次世界大戦中にフランスとベルギーの国境にあるフランダース地方でドイツ軍との激戦になり、カナダからの志願兵を含め、多くの兵士が亡くなった。その翌年、埋葬されたその場所に沢山のポピーの花が咲き乱れたという。ヨーロッパには、ポピーは殺された人の流した血から生えるという言い伝えや、ポピーが赤いのはキリストの血が降りかかったからという言われがあるそうだ。

 イギリス軍スコットランド連隊もカー キ色のキルトを着てその第一次世界大戦に参戦し、多くの人が戦死した。毎年11月11日の11時には2分間、戦死者への黙祷がされ、モントリオールにある多くの教会でその追悼ミサが開かれる。おそらくこの教会レポートが出るころには残念ながら終わっているのだが、10日に追悼の意味をこめた聖歌隊 のコンサートが行われる。12月のクリスマスシーズンになるとまた聖歌隊のコンサートが何回か予定されているそうだ。ぜひとも彼女の声を聞きに行って見たい。

Church of St Andrew and St Paul
3415 Rue Redpath

日曜礼拝11時から。随時オルガン・賛美歌のコンサート有

取材・文・イラスト:りさ
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